FC2ブログ

文学談話室

おもにシナリオ脚本を中心に小説・音楽・旅行記など書いています

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

長編小説「山手線」

にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ

にほんブログ村 小説ブログへ

はじめに
東京の大動脈、一周45分の環状線「山手線」始発電車から終電車まで朝・昼・夜いろいろな人が利用している。例えば、築地市場にすし種を仕入れにいくすし職人、夜、終電車に乗り遅れたサラリーマン、昼はサラリーマン、ショッピングを楽しむ主婦、高校生など、学生たち。夕方は、夜の歓楽街に急ぐマダム、そしてまだまだいろんな人種が山手線に乗ってくる
そこには人生の悲喜こもごもの物語が展開される。・・・・・・そこに色々な人間模様が見えてくる。「山手線」は、女性運転手、車掌も含めた歓呼・車掌・女性テープの案内・駅の案内などを忠実で究極の真面目な鉄道を再現させたい。一方それとは対照的に3つの仮想電車1100Y,1200Y 1090Yのそれぞれの朝・昼・夜と時間でどんどん変化していく自由な乗客の回顧・独り言・複数以上の会話、それは断片的なものであるかも知れないがともかく「山手線」は今日も色々な人々を乗せて走る。
ここに出てくる山手線は実在しますが物語はドキュメントであり登場人物は実在しません。


始発電車 大崎ー品川

冬の明け方、
吐く息が白いそんな寒さを運転士の田崎祐司(51)は大崎電車区のまだ眠りについている電車に今日の乗務をするため1100Yの点検に掛かった。

「皆E231に変わったなあ、僕がかわいがっていた205ー340は元気に働いているだろうか」
そのE231-340は、石巻線で第二の働き場を過ごしている

1輌ずつ見回りながら11輌最終車輌にきたとき車掌の森下光男(27)にあった。
「おっご苦労さま」
「田崎先輩よろしくお願いします」
「こちらこそ、今朝はやけに寒いが頑張っていこう」
「あの、田崎先輩、僕、山手線乗務今日が初めてです」
「えっ、君にとっては記念の日だね」
「は、はい、うちの息子がお父さん、僕、学校から帰ったら線路のそばで手を振るからね」
というんです。

「先輩はお子さんは」
「ああ、女の子が一人だけど二十歳を過ぎて出て行ったよ」
「それじゃさびしいですね」
「うん、小さい頃は何とか鉄道好きになってほしいと電車の本、買ったりプラモデル与えたりしたけど」
「そうですか、女の子は電車よりもほかのものに」
「まあ喜んでくれたのは七歳ぐらいだったかな」
と娘の小さな頃の出来事と重ねていた。

田崎は最近白髪が目立つ髪の毛を気にしながら帽子を脱いでかぶり直し、あご紐をきりりとしめた。森下が乗務員室のドアの取っ手に手を掛けて鍵を回して戸を開けて田崎もそれに続いた。

森下がパンタグラフのスイッチを押してあげるとモーター音周りだし室内灯が点灯し張り詰めたような冷たい空気が流れる車内を歩いて11両目を歩き先頭車車輌E231ー030に戻り、乗務員室のドアを鍵で開けて運転士室に入った。

これから眠っている車輌に息を吹き込んで電車を走らせると思うと一瞬緊張するのだった。マスコンのスイッチを入れブレーキ、加速・減速がスムースに動くかをテストした。圧力計に次いでパンタグラフの昇降テストのあと、さらにATC作動テストと相次いで行った。

すでに大崎駅では始発電車に備えて通り抜けの通路のシャッターを開けて、切符の自動販売機も作動するようにスイッチを入れられていた。

駅のホームでは、
「おはようございます、本日もJRをご利用くださいましてありがとうございます。間もなく始発電内周り、品川・新橋・東京・秋葉原・上野方面行きが2番線に入って参ります。危ないですから黄色い線までお下がりください」
時計は4時20分を過ぎて

さすがにまだ電車を利用する乗客は少なく肩にかごを掛けた築地市場のせりに出かけるジャンパー姿の仲買人、職人が目立った。

その中にすし善の矢田純蔵もいた。始発電車はライトをつけてしずしずと大崎車輌区側から2番線に入線してきた。

乗客が電車に乗り込んだ。

「JR山手線をご利用くださいましてありがとうございます。この電車は外周り品川・・・・・」
乗客に放送した。ミュージックサイレンが鳴り駅のホームの女性の案内放送が
「2番線のドアが閉まります」

田崎は前方を見つめていた。まだ、闇に包まれて3灯式信号機の表示が赤から注意、緑に変わった。
「大崎定発」
「信号よーし」
「出発進行」
「場内制限15」

電車は構内を過ぎると
「制限解除、速度60」

「車内でのケータイ電話の」
4号車の座席に腰掛けて居るすし職人矢田善三(55)は息子の真一(27)が勤めて居た会社を辞めて家業の寿司屋を継ぐというのだった。矢田は息子が自分の店のあとを継ぐと云ったことを喜んで居たのだった。寿司屋のほかに海鮮料理レストランを別に持って居た。

寿司のネタは築地市場に朝早く起きて出かけて誰よりも新鮮な材料を仕込んでくるのが一番大切だと考えていた。それで息子の真一を最初の朝に起こして築地の市場に連れて行った。

「真一、今から一緒に寿司ネタ仕入れに築地にいくからおまえも起きてついて来い」
と寝ている真一に声を掛けた。真一は、
「お父さん今何時」
と云いながら隅の時計を見た。
「わっ、俺堪忍してよせっかく爆睡してんのに」
「何をいってんだ、真一今日から寿司屋になるんだろう、さあ起きて起きて」
「わかったよ、起きるよ」
真一は不承不承起きて顔を洗い、歯を磨きグレーのブルゾンに格子模様のマフターをまいてを父について行った。しかしそれ一回だった。
「お前はなあ、やるというからこうしてお父さん教えているのに、」
「あなた、その辺で」
母、桃子が仲裁に入ったので
「まあ、しょうがないか」
矢田はそれ以上何も言わず寿司ネタの仕入れはしばらく一人ですることにした。

「次は品川です、東海道線・総武横須賀線・京浜東北線に京浜急行線、次の品川でお乗り換えです・・・
田崎は
「制限60」
「制限50」
「品川停車」
そういってマスコンレバーを手前に少しずつ戻した。
電車は緩やかにスピードを落とし品川駅1番線ホームに滑り込んだ。

品川ー田町ー新橋

品川駅では今日一番の始発電車に乗り込もうとしていた人たちが待機していた。

7号車の島本秀夫(32)もその一人だった。
島本は昨日、遠藤部長(57)が札幌支店長に転勤するために開発二課全員が出席して送別会をホテルで行ったあと、同僚3人と酒場で飲んで、つい山手線の最終電車に乗り遅れたのだった。

「しかし、遠藤部長の送別会にしてはお前がいいたいことを言うのでひやひやしたよ」
「だって、俺が企画書を一生懸命になって、女房からパソコンたたいてると、女房があなた家にまでもって帰って仕事する必要ないでしょう、第一それだけもらっているわけじゃないし」

「相手本社に今度帰ってくる時は取締役だぞ」
明石春樹(37)がいった。
「わかってる、お前の言うとおりだけど」
「会社というのは、お前の熱心さもわかるが、相手に嫌がられては、どんないい企画でも」

「でも、俺が遠藤部長に出した企画書は50本だよ、出すたびに」
「えっ、お前はそんなに」
明石がびっくりした顔で島本の顔を覗き込んだ。
「部長の席に呼ばれて、視野が狭い、自分のことばになってない、どこかでやってることまねするなと」
「最悪だなあ、お前にとっては」
「そう、部長は俺の気持ちをさかなでするようにだめだしばかりだよ」
早朝早々昨日の送別会の荒れた雰囲気を引きずっているようである。
始発電車でこれからなにもかも新しく始まるというのに。

身を突き刺すような張り詰めた空気で島本は酔いが醒めて
「家ではさぞ心配してるだろうな」
時計を見ると4時25分だった。島本は鞄の中からケーターを取りだして電源を入れたが
「まだ、爆睡だよな」
ケータイの電源を切った

「お待たせしました。1番線のドアが閉まります、次は田町です」
女性の駅アナウンスに促されるように
「品川4分延発」
「制限30」
「出発進行」
マスコンのレバーを手前に引くと再び電車が動き始めた。制限速度30キロを維持しながら構内を離れると
「制限解除」
「速度90」

右側には広い品川車輌区があって113系に変わって東海道線のE231系をはじめ 211系、ダブルデッカー車のE215系をはじめ、九州・山陰の寝台特急がまだ構内の照明灯に照らされて眠りについていた。

「間もなく田町です・・・」

「田町停車」
田崎はマスコンレバーを停車にブレーキを掛けながら徐々に減速させて停車位置に寸分の狂いもなく停車させた。

「田町です。ご乗車ありがとうございます」
「2番線の電車のドアが閉まります」
電車のドアが閉まると田崎は
「田町3分延発」
「制限60」
と歓呼してマスコンを手前に引いて電車は次第にスピードを増した。
「間もなく浜松町です。東京モノレール、羽田空港方面は次の浜松町でお乗り換えです」
「浜松町です。ご乗車ありがとうございます」
そのアナウンスを聞いて3号車に乗っていたコンサルタントの石塚亮太郎(35)は
座席で先方との会議資料におちはないかチェックしていたが、
「朝の7時の札幌便乗るの辛いよな」
鞄を右手に持ってドアが開くのを待ってホームの外に出て行った。

田崎は運転表の時刻と実際の時間を時計を見ながら
「やれやれまだ2分延発か、遅れを戻すのは大変なんだよな」
低い声で言った。

「浜松町2分延発」
「出発進行」
「制限60」
「信号よ~し」
指査喚呼を行いながら電車は新橋に向かって走行した。
「間もなく新橋です。新橋の次は有楽町です」す・・・・・」 
新橋汐留口の高層ビルもまだ眠りについていた。

「おっと、新橋か」
座席で居眠りしていた寿司職人の矢田は眠そうな目をこすりながら、その放送に促されて「今日はいい寿司ねたが手に入るぞう」と心の中で思いながら立ち上がってドアの開くのを待ってホームに降りた。
「新橋です。ご乗車ありがとうございます」

「浜松町2分延発」
「出発進行」
「制限60」
「信号よ~し」
指査喚呼を行いながら電車は新橋に向かって走行した。
「間もなく新橋です。東京メトロ銀座線、都営地下鉄線、ゆりかもめ線においでの方はお乗り換えです。新橋の次は有楽町です・・・・・」 
新橋汐留口の高層ビルもまだ眠りについていた。

「おっと新橋か」
座席で居眠りしていた寿司職人の矢田は眠そうな目をこすりながら、その放送に促されて「今日はいい寿司ねたが手に入るぞう」と心の中で思いながら立ち上がってドアの開くのを待ってホームに降りた。
「新橋です。ご乗車ありがとうございます」

さすがに新橋で降りる人は多かった。
朝の築地卸売り市場に向かう仲買人の番号をつけた黒い帽子とジャンパーゴム長スタイルの黒い一段が階段に吸い込まれるように集まって消えていく。
それとは反対に終電車で乗り遅れ一夜を過ごした人が電車の中に入ってくる。
今まで車内のあちらこちらにぽつんと腰掛けて居た人が新たに乗ってきた人で座席がつながって人がこしかけるようになった

左の窓から見る霞ヶ関までのビルも暗く、ただ街路灯と自動車のテールライトだけが延々と続いていた。

始発電車 新橋ー有楽町ー東京

「1番線のドアが閉まります。次は有楽町に止まります」
ドアがプッシュと言って閉まった。
ピンポン・ピンポン・ピンポンと3点のチャイムが鳴ると
田崎は
「新橋2分延発」
「出発進行」
「制限60」
マスコンを手前に引くとたちまち60キロになったが前方に有楽町駅がもう見えてきた。

山手線は全32駅ありどこの区間も駅間距離が短く、一駅平均1,08キロと中央線31駅平均1,8キロ、総武線21駅、2,8キロに比べても短かった。
「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。
そごう百貨店が撤退し、そのあとに大型家電店が進出していた。
ここから丸の内に掛けてはオフィスビルが同じ高さで立っていたが再開発と土地の有効活用で最近は一部高層ビルに模様換えしようとしていた。


「1番線のドアが閉まります。次は有楽町に止まります」
ドアがプッシュと言って閉まった。
ピンポン・ピンポン・ピンポンと3点のチャイムが鳴ると
田崎は
「新橋2分延発」
「出発進行」
「制限60」
マスコンを手前に引くとたちまち60キロになったが前方に有楽町駅がもう見えてきた。

山手線は全32駅ありどこの区間も駅間距離が短く、一駅平均1,08キロと中央線31駅平均1,8キロ、総武線21駅、2,8キロに比べても短かった。
「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。
そごう百貨店が撤退し、そのあとに大型家電店が進出していた。
ここから丸の内に掛けてはオフィスビルが同じ高さで立っていたが再開発と土地の有効活用で最近は一部高層ビルに模様換えしようとしていた。

「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。

東京駅では、昨日東海道新幹線の関ヶ原付近で吹雪となり、最終新大阪発ひかり号が夜中の12時30分頃到着し列車ホテルの乗客が今日最初の始発電車に乗り込もうとする人が多かった。
時計は4時44分を指してまだ闇のとばりに包まれていた。

京都の岸谷涼子(31もその一人だった。
涼子は高校時代の友人が結婚するので久しぶりに実家に帰り、友達の結婚式に出たが、その帰途、例の大雪で新幹線に閉じこめられ朝帰りになってしまった。

大阪ニュー関西ホテルのロビーでは5年ぶりに友達が涼子が現れないかと大勢の人に囲まれて背伸びして入り口を見ていた。
「あっ、涼子だ」
「涼子だよ、涼子、きたあ」
まるでスターを見た時のような喜びは、涼子は高校時代皆から人気があったようだ、
「涼子、ひさしぶりっ」
「由紀子、加奈美、久子、美月、ひさしぶりっ」
女の子がよくやる5人で手を握って飛び上がって喜んでいる。
「東京から私のためにきてくれはってほんまにうれし~い」
由紀子の京都なまりは相変わらず変わらなかったが東京のことばも半分はいっている。

「由紀子、久しぶりっおめでとう、で、だんなはどんな人」
涼子の問いかけに由紀子は、
「あのなあ、うちと付き合って5年やわ、この辺で決めんとうちも涼子・由紀子に越されて最後になるっていうか」
「大阪のラジオ局のアナウンサーですねん、」
「はっどうして知り合ったの」
「公開放送に友達と出てなあ、クイズに出たらもろ正解やで舞台に上がってそれからや」
「な、涼子いつ帰るねん、たまに京都に来たよってに、二、三日ゆっくりしていったらどう」

友人の加奈美、久子、美月が涼子を盛んに誘惑した。
「ごめん、結婚式済んだら、速攻で帰らんと主人と子供二人待ってるんで」
「いいなあ、そんな家で待ってくれている人がいるなんて、うらやましいわ」
「うちなあ、由紀子も結婚、涼子も東京で家庭持ってて、うち今年中には30になっちゃうし」
美月が真剣な顔をして、
「あんたんところ丸の内の商社だよね、今度合コンあったら久子と東京までいくから参加させて」
涼子、加奈美、久子、美月の関西、東京なまりの混じった話だ。

涼子の東京の家は池袋からさらに30分の大泉学園にあった。
「主人と子供はどうしているかしら、あの人は無きっちょうだからご飯たべたかしら」
と心配だった。

考えたあげくバッグから赤いケータイを取り出してなにはともあれと電源を押したが充電が切れていた。
「あたしってどうしてこうどじなんだ、もう」
新幹線車内で睡眠不足と寝癖のついた髪を掻き分けながら低い声でつぶやいた。

始発電車 東京ー秋葉原ー上野

電車は神田を過ぎ・秋葉原に止まった。
「秋葉原です、京浜東北線、総武線・つくば鉄道線・地下鉄日比谷線ご利用の方は当駅でお乗り換えです。」
田崎は運転席から秋葉原の街を眺めた。
「ここも変わったなあ、」

戦後ラジオの部品屋として発足した通称ジャンク街がTV・AVの発展と共に世界でも珍しい総合電気街に発展したのだった。
「3番線のドアが閉まります、次は御徒町に止まります」
ドアが閉まると田崎は
「御徒町延発2分」
「出発進行」
ここまできても品川駅延発はまだ取り返せなかった。

田崎は
「2分の延発、仕方がないよなあ」
と思った。
御徒町を過ぎて上野に到着した。
「上野です。東北線・常磐線・東北・上越・長野新幹線は当駅でお乗り換えです。
3番線の電車は当駅で時間調整のためにしばらく停車いたします」
上野駅から乗ってくる客は少なかった。
かって上野駅は田舎から上京してくる人の出世駅と云われていた。
急行「津軽」「十和田」など、東京への集団就職といわれた夜行列車は新幹線開業と共に消えてしまい、夜行列車はわずか北陸からの特急「北陸」だけという寂しさになってしまった。田崎はそんなことを考えていた.

上野駅の発車のサインはミュージックサイレンでなく、昔風のベルだった。かって国鉄時代は発車ベルだったが、山手線内はベルはなく今では東京駅の東海道線の普通電車7,8番ホームと快速、遠距離電車特急寝台特急が発着する9番、10番線のベルを除いてほかの駅はソフトな特徴を持ったミュージックサイレンだった。

涼子の東京の家は池袋からさらに30分の大泉学園にあった。
「主人と子供はどうしているかしら、あの人は無きっちょうだからご飯たべたかしら」
と心配だった。

考えたあげくバッグから赤いケータイを取り出してなにはともあれと電源を押したが充電が切れていた。
「あたしってどうしてこうどじなんだ、もう」
新幹線車内で睡眠不足と寝癖のついた髪を掻き分けながら、低い声でつぶやいた。
電車は神田を過ぎ・秋葉原に止まった。
「秋葉原です、京浜東北線、総武線・つくば鉄道線・地下鉄日比谷線ご利用の方は当駅でお乗り換えです。」
田崎は運転席から秋葉原の街を眺めた。
「ここも変わったなあ、」

戦後ラジオの部品屋として発足した通称ジャンク街がTV・AVの発展と共に世界でも珍しい総合電気街に発展したのだった。
「3番線のドアが閉まります、次は御徒町に止まります」
ドアが閉まると田崎は
「御徒町延発2分」
「出発進行」
ここまできても品川駅延発はまだ取り返せなかった。

田崎は
「2分の延発、仕方がないよなあ」
と思った。
御徒町を過ぎて上野に到着した。
「上野です。東北線・常磐線・東北・上越・長野新幹線は当駅でお乗り換えです。
3番線の電車は当駅で時間調整のためにしばらく停車いたします」
上野駅から乗ってくる客は少なかった。
かって上野駅は田舎から上京してくる人の出世駅と云われていた。

急行「津軽」「十和田」など東京への集団就職といわれた夜行列車は新幹線開業と共に消えてしまい、夜行列車はわずか北陸からの特急「北陸」だけという寂しさになってしまった。田崎はそんなことを考えていた.

始発電車 上野ー池袋

上野駅の発車のサインはミュージックサイレンでなく、昔風のベルだった。かって国鉄時代は発車ベルだったが、山手線内はベルはなく、今では東京駅の東海道線の普通電車7,8番ホームと快速、遠距離電車特急寝台特急が発着する9番、10番線のベルを除いてほかの駅はソフトな特徴を持ったミュージックサイレンだった。

「お待たせしました。2番線のドアが閉まります」
ホームの頭上から女性の案内テープが流れてドアが閉まった。
田崎はマスコンレバーを強く引いた。
「速度60」

上野駅を出ると、京浜東北線・山手線・高崎・東北線・常磐線と幾重にもレールが走っていて暗闇の中からヘッドライトを点けた電車が不意に近づいてきて賑やかになった。
5号車に乗った青森出身の登米富善はかっての集団就職のことを思い出していた。
登米は今は長年仕えた和菓子屋をのれんわけしてもらって巣鴨に和菓子屋を営んでいる。
あの頃は戦後の低迷期から日本はようやく近代国家として歩もうとしていた。
そのために若い労働力が必要で集団就職制度の発足に基づいてその労働力を東北の農村に求めていた。
通称出世列車なるものが大量の中卒生を東京に運んだのだった。
「津軽」はその代表的な列車だった。
登米は10年ぶりに母が危篤に陥って急遽ふるさとに戻っていたのだった。
「おふくろさ、迷惑かけてせめて時々は国さ帰らねばなあ」

電車は鶯谷・日暮里・西日暮里を過ぎて田端に着いた。
「2番線のドアが閉まります」
「田端2分延発」
田崎は喚呼しながら2分の遅れがまだ回復していないことにストレスを感じていた。

「池袋までなんとかしないとなあ」
低い声でつぶやきながら
「信号よおし」
「速度60」
田端から左にカーブすると下り坂になっていてすぐに駒込駅が見えてきた。
「駒込停車」
田崎は、停止位置にブレーキレバーを引いて電車を止めた。
数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。

電車は鶯谷・日暮里・西日暮里を過ぎて田端に着いた
」「田端2分延発」田崎は歓呼しながら2分の遅れがまだ回復していないことにストレスを感じていた。「池袋までなんとかしないとなあ」低い声でつぶやきながら「信号よおし」「速度60」田端から左にカーブすると下り坂になっていてすぐに駒込駅が見えてきた。 「駒込停車」
田崎は、停止位置にブレーキレバーを引いて電車を止めた。数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。対向の内回り電車も少しずつすれ違いが増えて来た。数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。

東京から乗った岸谷涼子は昨日の新幹線の大幅遅延で列車ホテルに変貌した車内でよく寝れなかったのか、可愛い寝息を立てて熟睡していたが、「次は、池袋です。埼京線、湘南新宿ライン、西武線・・・・・という車内の案内で目を覚まして、「いけない、乗り過ごすと主人に・・」と低くつぶやき、座席を立って眠そうな目をこすってあくびをしてドアに立つ。

「池袋、池袋ご乗車ありがとうございます、埼京線・湘南新宿ライン・西武線・東武東上線・地下鉄丸の内線・半蔵門線はお乗換えです。ご乗車ありがとうございました。
岸谷涼子は、コートの襟を立てての左手の黒い手袋で赤いバッグを抱えるようにして
「早く家に帰らないと」
とつぶやくようにして西武線のホームに向かって階段を早足で下りて行った。

朝、ラッシュアワー電車 池袋ー高田馬場ー新宿

池袋駅は1日乗降客約160万人という新宿駅と肩を並べるマンモス駅なのだが、今は各ホームに明かりが点いて電車がホームに止まっていた。
後には喧騒と悲鳴の起きることは想像もできない

「まもなく4番線に当駅発外廻り新宿・渋谷・品川方面電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」
正面に1200Y池袋車両区所属の電車が静々と走って入線してくる。
初電から2時間半経って7時30分JR東日本浜中哲夫(26)の運転する1200Yはぴたり定位置で停車した。

車掌は香川まどか(23)だった。JRが最近積極的に女性の門戸を広げており、まどかもその一人だった。
まどかは工業高校から鉄道専門技術学校を出て昨年JR東日本を受けて見事合格したのだ。
友人からは、まどかが鉄道専門技術学校に進んだ時、
「あんた、鉄道専門学校に行くなんて」
「でも、おじいちゃん、お父さんの子だし」

たしかに女の子がファッションにも振り向かず鉄道を撮りに紺のジャージーにジーンズで男の子まがいの服装で休日はカメラを構えて電車を撮影するので、友人たちからは電車子ちゃんと呼ばれる始末である。
お父さん、おじいちゃんが二代鉄道の仕事をしていたせいか、
「私はおじいちゃん、お父さんの遺伝子を受け継いでかなあ」
と考えてみた。

まどかの夢は自分のデザインした電車が走ることである。
事実、中学生の作文で、
「私の夢」で
「私の家族はおじいちゃんが鉄道省、お父さんがJRです。だから段々鉄道が好きになりました
私の夢はいつか電車のデザインをすることです。洋服にもいろいろな色とか形とかいろいろなのがあるのと同じように電車もきれいなデザインの形の電車が走って欲しいです」

まどかと同じグループの咲子・絵美理が
「ねえ、たまには渋谷に出ておいしいもの食べようよ、あとファッションとか109見たいし」
と誘っているのに・
「ごめん、おじいちゃんと明日秩父鉄道のSL乗りに行くの」
「あっ、そう、あんたとは付き合いきれないよ」

最近の幹部候補生も現場体験をしてもらうという会社の方針に従って女性の運転手、車掌が進出してきている。
今回は運転手経験を終えて、今日から見習いとして車掌業務に就いたのだ。
あらためて今朝、自分が乗る7時25分発外回りE231を見て自分はこの巨体を相手に戦うのかと帽子を少しあげてまじまじと電車を仰いで見た。

「わたしもうまく止められるようになったなあ」
家でも祖父義男(76)が電車でGOのゲームを買ってきて、
暇を埋めるように熱中していた。
「なあ、まどか、おじいちゃんなあ、山手線運転うまくなったぞう」
と言ってコントローラーを元に戻して定位置で止めたのだった。
「おじいちゃん、私に貸して、うまく止めて見せるから」
孫、まどかは祖父とのコミニュケーションはゲームを一緒にするのが一番だと思っていた。

「でないと、でないと、そう、おじいさんとの話も必要なんだ」
50歳も歳が離れていては無理からぬことだ。
まどかは、おじいさんが鉄道省、父が国鉄、まどかが続けば三代鉄道一家になるのだ。

「今日から、おじいちゃん私、車掌業務なの」
「頑張れよ、まどか」
研修で何回かシュミレーションで車掌業務を体験したものの実車乗務は今日がはじめてて、ラッシュ時の波がうねるようなホームいっぱいにあふれた乗客を見て胸が詰まりそうだ。
「何だ、こんなことで頑張れよまどか」
おじいちゃんの声が聞こえてくるように思えた。
定位置に止まり、まどかは首を窓から出してドアスイッチを上げるとドアが開く、一瞬乗客の列が崩れてなだれ込みわずか15秒で席が埋まる。
11号車の日東自動車の黒川敦は、反対側のドアの近くに身を置いて流れて行く風景を目で追っていた。
黒川が日東自動車に就職したのは40年前だった。

まどかは158センチのまだ初々しい小柄な女性だが、前方を見つめるまなざしはもう立派な鉄道員だ。
「池袋、お待たせしました、当駅発外回り高田馬場・新宿・渋谷・品川
新橋方面行きです。まもなく発車します。発車間際の駆け込み乗車は大変危険です。次の電車をお待ちください」

川越市から池袋、新宿の日東自動車本社に向かう黒川敦(60) は、今日で定年を迎えた。35年の歳月はあっという間だった.
黒川はホームと反対側のドアのわずかな隙間に居場所を作り、洋服のポケットから黒色の手帳を取り出して拡げた。

2月22日(金)今日が誕生日、60歳の、その日が定年、黒川はそう思いながら手帳をじっと見つめていた。
1月4日始業式・10:30挨拶回りS工業橋田部長・13:10・D金属工業新年宴会(新橋加茂屋)から始まって昨日まで時間刻みにスケジュールが書かれていた。
手帳はサラリーマンの武器なのだ。今日2月22日ですべてが終わりか。

最後部の車掌室には、今日の香川まどかを教育するベテラン車掌、大黒貞夫(43)がまどかの一挙一動の動作を見ていた。
香川まどかは、今日が私の夢の第一歩だよ、そのためには車掌でも運転士でもどんどんやるよ、顔が光り輝いているが、でもはじめての朝の乗客の詰め掛けるうねりにちょっとびっくりしていた。

今までは、私も朝のラッシュの一人だったけど今は、このおびただしい乗客を制御して動かさねばと真剣に考えていた。
メロディーチャイムが鳴って、ホームのスピーカーが、
「まもなく山手線外回り、新宿・渋谷・品川・新橋方面行きが発車します」
メロディーが鳴り止んでまどかは電車に乗り、ドアスイッチを押した。

その瞬間、一人の中年の男が駆け寄ってきた。
まどかは瞬間困惑した。ドアを開けるべきか、開けないと乗客が、だけどその分遅れるし、開けないで発車、万一乗客が電車に巻き込まれたら
瞬時の判断は今までも教習で学んできた。なのに実際は。
まどかは決断してドアを開けた。
乗客は膨れ上がっている乗客の隙間に後ろ向きに身体を捩じらせて乗車した。
ドアを再び閉めて電車は発車した。

まどかは脇のテープのスイッチを押した。
「この電車は山手線外回り、新宿・渋谷・品川・新橋方面行きです。
次は目白です、お出口右側です」と女性アナウンスが全体に流れる。
まどかは壁にかけてあったハンドマイクをはずして、
「おはようございます、JR東日本をご利用くださいましてありがとうございます。この電車の運転士は浜中哲夫、車掌は香川まどかです。山手線外回り新宿・渋谷・品川・新橋方面行きです。次は目白、お出口右側に変わります」
と丁寧に放送した。

教習の先輩もうなづきながらまどかをあたたかく見守っている。
山手線の車内から、
「女性車掌だよ、今朝は」
「かわいい」
「この頃多くなってきたよ」
「アナウンスもやわらかくていいなあ」
などの声が漏れてくる。
車掌室では

教官の大黒貞夫が
「香川さん、忘れていない、何か」
と聞いてくる。
「忘れてる、私がねえ」
「香川さん、さっき乗客が」
「い、いけない、先輩ごめんなさい」
落ち着いていたつもりが、
急いでハンドマイクを握って、
「乗客の皆様に申し上げます、発車の際の駆け込み乗車は危険ですのでお止めくださいますようお願いします」
と付け加えた。
(いけない、初日から初歩的ミスで)

まどかは、
「教官、どうもすみません、初歩的ミスしてしまって」
「いいよ、まあ、最初は誰でも失敗があるものだよ、僕も昔、新宿を出てまた間違えて新宿といったことが」
といいかけてスイッチが入ってることに気がついて
「香川さん、スイッチ」
といった。
車内ではスイッチを切っていなかったのであちこちから笑いが拡がっていた。
「ドジだわ、あのまどかという車掌、あんたも時々ドジやるし」
「なに、それ私のこと」

明日から空白になる手帳が可哀想に思えてきた。
俺は明日からここになんと書けばいいのか。見慣れた朝の池袋駅のラッシュ光景が異質に見えてくる。

日本はようやく低成長を抜けきって東京オリンピックの開催を前に道路・建物・交通機関などが近代化されつつあった。

それまで山手線の空は果てしなく広かったが空をさえぎる高層ビルがタケノコのように突然空に向かってのびはじめていた。

黒川の日東自動車も高速道路、地方幹線道路の発展に伴って長い間の国民車構想で日本の自動車は低調であったのが本格的な高速運転も可能な低床車に移行しようとしていた。

黒川はまさにずっと日本の自動車の歴史を見つめてきたといっても過言でなかった。

電車が目白・高田馬場・新大久保と停車してやがて右窓に新宿超高層ビルの黒い塊が迫ってくる。
40年前、新宿は東口は駅広場の様相を呈していたが西口は広大な新宿淀橋浄水場の土地を再開発用地として超高層ビルを建てる構想が持ち上がっていて、西口から先は緑樹のある道路がまっすぐどこまでも伸びていた。

「まもなく新宿に着きます。湘南新宿ライン・JR埼京線
中央線・総武線・小田急線・京王線に東京メトロ丸の内線都営地下鉄大江戸線はお乗換えです」
言い終わって
「新宿は大変、アナウンスも」
香川まどかの弾んだ声が流れる。
指導教官が、
「たしかに、僕が若いときは埼京線・湘南新宿ライン
都営大江戸線なんてなかったし」
「香川君、いいよ、その調子で」
ほめられて香川のほほは赤くなっていた。

黒川は40年前が昨日のことのように思えて仕方なかった。
妻咲子とは同じ社内恋愛で結婚した。
黒川は、妻によく僕が設計した自動車で君のうちに迎えに行くよといっていた。

池袋始発電車なのだが電車がホームに入ると整然と並んでいた乗客の列が崩れて、ドアが開いたとたんなだれを打って乗り込んで15秒でもう立ち席者が出るの

日東自動車の黒川敦は、反対側のドアの近くに身を置いて流れて行く風景を目で追っていた。
黒川が日東自動車に就職したのは40年前だった。

日本はようやく低成長を抜けきって東京オリンピックの開催を前に道路・建物・交通機関などが近代化されつつあった。

それまで山手線の空は果てしなく広かったが空をさえぎる高層ビルがタケノコのように突然空に向かってのびはじめていた。

黒川の日東自動車も高速道路、地方幹線道路の発展に伴って長い間の国民車構想で日本の自動車は低調であったのが本格的な高速運転も可能な低床車に移行しようとしていた。

黒川はまさにずっと日本の自動車の歴史を見つめてきたといっても過言でなかった。

電車が目白・高田馬場・新大久保と停車してやがて右窓に新宿超高層ビルの黒い塊が迫ってくる。
40年前、新宿は東口は駅広場の様相を呈していたが西口は広大な新宿淀橋浄水場の土地を再開発用地として超高層ビルを建てる構想が持ち上がっていて、西口から先は緑樹のある道路がまっすぐどこまでも伸びていた。

黒川は40年前が昨日のことのように思えて仕方なかった。
妻咲子とは同じ社内恋愛で結婚した。
黒川は、妻によく僕が設計した自動車で君のうちに迎えに行くよといっていた。

結婚してから3年目に直人が生まれた。直人は黒川が家に仕事をもって帰り自動車の本など、家でも見て研究していたので直人は、パパは自動車作るのと自然自動車に興味を示し最後には4歳で街を走っている自動車の名前を当てるまでになった。

それから2年後黒川夫婦の間に女の子理香が生まれた。
父親の影響とは恐ろしいものでいつしか、
「私は観光バスガイドになりたい」
といって学校を出て観光バス会社に就職した。

でも、黒川も決して順風漫歩であったわけではない
会社生活とは山あり、谷ありで、黒川も日東自動車が満を持して新型車を発表することになっていたが、粉飾決算が明るみに出て黒川を引き立ててくれた藤原常務が責任を取って辞任、黒川は閑職の経営企画室に追いやられたのだった。
ちょうど、菱新自動車から黒川にスカウトの打診が起きたが妻の咲子は反対した。

黒川はすっかり自信をなくして会社に出ても取り立てて仕事のない経営企画室の勤務を体が拒否反応起こすまでになってしまった。

まもなく菱新自動車は外国資本の自動車工業から提携の話が持ち上がって合理化に伴う人員整理が行われた

「あなた、私のいってること正しかったでしょう」
妻の咲子にそういわれた。

黒川は、
「この山手線が永遠に線路を踏み外さず走ってるのと同じように俺も40年この山手線を踏み外さずに走ってきたのだ。
本社のある田町まで駅が一つずつ減っていくたびに40年の想い出が消えて行くような気持ちさえしてきた。

やがて前方に新宿超高層ビルが見えてきて
「新宿停車」
「速度15制限ようし」
「新宿停車」
運転手、浜中哲夫が前方を見つめながら指で示唆歓呼を行っていた。

朝 ラッシュアワー電車 新宿ー渋谷ー品川

新宿で乗客が幾らか降りて乗客が乗ってこない瞬間、黒川は窓際の手すりから身体をすばやく動かして座席に座ることが出来た。
反対側はシルバーシートになってるが黒川がこの優先席に座るにはまだ年令から遠かった。

電車は今最新機器を積み込んだE231である。
黒川が就職した昭和40年代は、チョコレート色の国電
73系から鶯色の高性能電車103系で夏などはまだ冷房もなかった。
冬はともかく夏のむせるような暑さの時にはYシャツを袖まくりしてハンカチで滴るような顔の汗をぬぐう
のだが全身からほとばしるように出る汗は、天井に設置された扇風機の生ぬるい風を送っているだけで駅を降りるとズボンまでもが汗で島模様を作り濡れている
ずいぶんいい時代になったものだ、今は、
黒川は瞑想していた。

車内のサラリーマンは黒川と同じようにきちんと黒・紺のスーツにぴしっと決めていて一部のすきもない戦闘服とも居えるが、黒川は今日8時間後には洋服を脱がなければならない。
そう考えるとサラリーマンとしての死刑執行を受けるような限られた時間に苛立ちさえ感じ始めていた。

40年正しく寸分も間違えずサラリーマンの時計を刻んできてそのレールに乗っていたがここにいるサラリーマンと違って黒川の時計だけが終わりを告げる。

黒川は、左手で頭をかきながら
「むなしいっ」
誰にも聞こえないように小さくつぶやい

新宿から乗った6号車の北川奈美は今朝、待望の会社訪問をしようとしていた。
奈美はかねてから新聞社とか雑誌社に仕事を得たいと考えてマスコミ研究科に籍を置いていた。

低成長で大卒でも女子の就職は大変なご時勢なのだ。
男女雇用機会均等法、規制緩和など派遣制度の改革もあいまって就職の門戸は広げられたものの正社員より、不安定な派遣社員が増加してそれが女子の就職を助けている。

奈美は自分から進んで積極的に履歴書を書いて自分の論文なども持ち込んで直接会社訪問を行ったが成果は実らず履歴書だけが机に山のようにたまっていた。

母はそういう真剣な奈美に心配して、
「あなたのやりたい気持ちもわかるけど、マスコミとか新聞とか男職場に行ったらこき使われるだけよ、
奈美は早めに結婚して家庭を持つことが一番いいと思うの、お父さんもお母さんもどんどん年とってくるんだし」
「お母さんの言いたいことは、早く孫の顔が見たいでしょうって言うんでしょう」
「女の幸せは・・・・」
「それってお母さんの古い価値観念なの、押し付けないで、私にはどうしてもやりたいことがあるので」
「・・・・・・」
娘にはっきり言われると母は弱かった。
「お母さん、ごめん」
そういって両親に決別するように少しむっとした顔で山手線に乗ってる自分がいる。、

奈美はドアを見ながら、
「いけないよ、こんな怒った顔では」
そういって顔を横に伸ばすようにして口を広げて笑みをたたえるようにして見た。

やっと新橋にあるT出版社があってくれることになったのだ。
失敗は絶対に許されない。

この山手線が私に幸せをもたらせてくれたら
そう思いながらもう鉛筆で赤線も入れられないぐらいに書き込んだ常識問題集を食い入るように見つめていた。

同じ頃6号車には萩原三郎がいた。
萩原は印刷屋街とも言われる飯田橋の中小印刷業を父から受け継いで印刷会社を営んできた。
古くからの創業で荻原があとを継げば親子三代目になるはずだった。
一時は、世の中の好況を反映して出版社からも印刷以来や商店のちらし、大型店、住宅販売など大きな仕事を抱えていた。
しかし、印刷革命がコンピューターの技術革新によっていわゆる活版印刷の低迷が始まりじりじりと影響が現れてとうとう廃業に追い込まれてしまった。
45歳という働き盛りの荻原は仕事を失い、20年近く連れ添った妻、栄子は、
「子供もまだ二人小学校5年と中学を抱えているので
大阪の実家に帰ります」
と突然昨日宣言されて途方もなく悩んでいた。
「このままだと仕事がなくてホームレス生活か」
荻原は一生懸命に祖父、父の仕事を継いで事業を発展する、それで中学校3年生から仕事を時々手伝っているうちに自分のうちの事業を手伝うには早く仕事を覚えたほうがいいと考えて卒業とともに家業を継ぐ覚悟をしたのだった。
だけど、やはり高校は出なければと都立の数少ない夜間高校を努力して出たのだった。

印刷しか知らない何のとりえもない俺がハローワークの窓口をたたいても再就職は無理だった。

電車が五反田に近づいた時日本共同印刷の大きな建物が飛び込んできた。
荻原が一生懸命父と日参して印刷のセールスを行って一時定期的に外注として安定していた。
荻原は、恨めしそうな顔をさせながら
「畜生、俺が力がないから」
にぎりこぶしを震わせてそう思った。

「まもなく五反田です。都営地下鉄、東急池上線乗り換えです。お出口は同じく左側です」
車内テープアナウンスに続いて女性車掌業務に今日はじめてついた香川まどかの声が全車輌に響いた。

渋谷で乗ってきた乗客が恵比寿・目黒。五反田・大崎に進むにしたがって、車内は立錐の余地もないほど込み合ってきた。
乗客は隣の人の肩に触れそうになって皆、自己防衛しようとしていた。
時として、足を踏んだ、踏まない、肩が触れた、触れないと車内でいさかいが生じることもあるからだ。
さらに最近は痴漢の増加もあって、時として女性が
この人が痴漢ですといって男性を駅員につれて行く
そんな新聞記事を見て、
乗車率は山手線の中でも一番高いのではないのだろうか、香川まどかは後部車掌室からそんなことを考えながらじっと窓を通じて満員で膨れ上がった乗客の姿を見ていた。

いつになったら超満員の乗客が救われてくれるのだろうか、もちろん、国鉄時代から京浜・東北線の品川・
田端間分離工事、運転間隔をちじめる超高性能電車
山手線車輌の一部四扉車輌など、必死にラッシュ緩和対策を行ってきたのだが相変わらずラッシュは解消されなかった。
一時は効果が現れたものの、東京23区内への人口流入
昼間人口の増加、ビル需要の増加、商業施設の集中など、解決が難しかった

「ねえ、混雑緩和対策として東海道線なみに山手線も
11両を16両に出来ないものでしょうか。
車内いっぱいの乗客を見ていて香川まどかが聞いた。
「難しいだろうね、というよりも各駅とももうホームの延伸は難しい、限界だろうね、それに16両にしても昼間の輸送需要から考えると採算の点でも」
指導教官の黒田は香川まどかに難しい事情を示した


渋谷で乗ってきた乗客が恵比寿・目黒。五反田・大崎に進むにしたがって、車内は立錐の余地もないほど込み合ってきた。
乗客は隣の人の肩に触れそうになって皆、自己防衛しようとしていた。
時として、足を踏んだ、踏まない、肩が触れた、触れないと車内でいさかいが生じることもあるからだ。
さらに最近は痴漢の増加もあって、時として女性がこの人が痴漢ですといって男性を駅員につれて行くそんな新聞記事を見て、
乗車率は山手線の中でも一番高いのではないのだろうか、香川まどかは後部車掌室からそんなことを考えながらじっと窓を通じて満員で膨れ上がった乗客の姿を見ていた。

いつになったら超満員の乗客が救われてくれるのだろうか、もちろん、国鉄時代から京浜・東北線の品川・田端間分離工事、運転間隔をちじめる超高性能電車
山手線車輌の一部四扉車輌など、必死にラッシュ緩和対策を行ってきたのだが相変わらずラッシュは解消されなかった。
一時は効果が現れたものの、東京23区内への人口流入
昼間人口の増加、ビル需要の増加、商業施設の集中など、解決が難しかった

「ねえ、混雑緩和対策として東海道線なみに山手線も
11両を16両に出来ないものでしょうか。
車内いっぱいの乗客を見ていて香川まどかが聞いた。
「難しいだろうね、というよりも各駅とももうホームの延伸は難しい、限界だろうね、それに16両にしても昼間の輸送需要から考えると採算の点でも」
指導教官の黒田は香川まどかに難しい事情を示した




同じ6号車には40歳台のミセスと見えるセレブな女性が3人居た。
3人は渋谷か新宿に行くようだ。
「今日、奥様をお誘いしたのはあそこの懐石料理は少々お高いですがもうそれは、京都本場の一品ですの」
「そうですか、私は主人とフランスのミシエランに乗った五つ星のレストランを食べ歩くのが楽しみでして」
「そうですか」
「何しろ主人が外務省でしょう、だからずっと海外の生活が長うございまして」
「だから今日、お誘いしたんですの」
「まあ、お値段は少々高く一人前2万円ですが味はもう」
と目黒の奥の高級街かも知れない。
それを隣で腰掛けながら聞いていた小川みずえがいた。
みずえはハケン社員だった。
「ああ、私、時給1600円か、それも雇用側から勝手に首をきられるなんて」
「テレビのようにスーパーハケンならいいけど、私の出来ることはワード・エクセルぐらいで、そんなもの今は誰でも出来るのよね」
みずえは突然長谷川商事から解雇を言い渡されて戸惑っていた。
一生懸命頑張っていたのになあ
でも、大切なデータを謝って消してしまって戦略会議が出来なくなって解雇になったのだ。
もう少しで契約更新の3ヶ月になろうとしていた。

みずえは突然の出来事でハケン会社にケータイでさっき連絡を取った。
みずえを紹介したハケン会社の担当者内田は
「とにかく話を聞きたいのでいらっしゃい、一度や二度の失敗でくじけてはいけません、スキルもあるのでもっと自信を持って」
「私が一般事務職のハケンっだったらよかったかも」
なまじっかコンピューターの資格持ってるんで会社は専門化として雇ってくれる。失敗すると専門的資格がある人が」
そんなことを頭の中で繰り返しては一人で自問自答していた。
2号車ではサラリーマンの青木慶太が沈んだ顔をして乗っていた。
慶太には小学校3年生の息子と5歳の幼稚園の沙羅がいて慶太は二人を可愛がっていた。
そういう妻と二人の子供がいて平和な小さな幸せな平凡な生活を送っていたのだ昨年会社が倒産、慶太は路頭にほうりだされていた。

40歳を過ぎてからの再就職先は見つからなかった。
営業一筋でやってきたがそれからは一家の生活は悲惨になり、慶太もガードマン・マンションの管理人になったものの正社員でなく妻は二人の子供とともに水戸の実家に帰ってしまったのだった。
別居が始まってすぐは、メールとか手紙が来て「お父さんがんばって、早くお仕事をして迎えに来てください」と妻、子供から様子が送られてきたが、半年たってから慶太が妻、子供にメール、手紙を送ってもぱったり途絶えてしまった。

「ごめん、お父さんは頑張ってるから」
そういってもハローワークでも仕事はなかなか見つからなかった。
そんな苛立ちと不安が的中して妻からこともあろうに離婚調停書が弁護士事務所から送られてきたのだった。
千代田区霞ヶ関1丁目にある家庭裁判所に出頭するために山手線に乗っていた。

「次は渋谷です、JR埼京線・湘南新宿ライン・・・・
お乗換えです。
電車は恵比寿を過ぎて右にカーブする渋谷駅に指しかかろうとしていた。
「信号20、減速」
田崎が前方を見ると線路にこちらに駆け寄ってくる人間が居る
「なにやるんだ」
大声で身を乗り出してマスコンを引いて0の位置になるように倒した。
とにか急ブレーキをかけた。

車内では急に急ブレーキをかけたのでつり革につかまってる人がなぎ倒されるような衝撃を受けている。
「わあ」
「なに」「
「ぎゃあ」
悲鳴にも似た声がした。
「あ~あ~」
田崎の悲鳴にも似た声が響き渡った・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・間に合わなかったのだ。

ゴーン、異様な音とともに男の身体は丸められるようにして車輪の下に入り、その瞬間、電車が一瞬持ち上がるような感触を受けた。
男は砕かれて電車に巻き込まれてしまった。
田崎は
「ああ、人を轢いてしまった」
急いで震える手でハンドマイクを握って
「今、人を轢いてしまった、急停車はそのため」
これだけ言うのがやっとだった。
田崎は模範運転手だった。30年無事故運転、
丁寧で時間を守り、停車位置も一度も一メートルもずらさない運転一筋、これまで励んできたのだった。
その誇りが無残にほんの一瞬で砕かれたのだった。

「お客様に申し上げます、ただいま渋谷駅で人身事故がおきてしまいました。しばらく停車いたします。
お急ぎのところ大変申し訳ありません」
車掌の矢島もことの重大さ、恐怖を伝えられて体が震えマイクを持つ手もがたがた震えていた。

乗客はいっせいに窓から外を見たものの昔と違い密閉
された窓からは線路の下を見ることは出来ない。
乗客は
「なにかあったの」
「大変だ」
そう叫びながらドアーに近寄った。
両ドアの窓ガラスは幾らか下もあるので3~4輌の人たちは死体、変わり果てた肉片を見ることが出来る。
「お、恐ろしい」
「可哀想」
「ああなんていうこと」

たったさっきまで男にはきっと家族もあっただろう、子供も、もしかして恋人も
それがもう肉屋で轢かれたミンチのような肉片に代わっている。
飛び込み自殺を図った男の身体は無残にも車輪に巻きもまれて頭も首も胴体も足もわからない黒い肉片になっていた。
線路と架線の柱には転々と血がついている。事故の無残さをあらわすかのように。
しかし、山手線は11輌の長大編成なので後部車に乗っている人は事の真相はわからなかった。「ぎいっ」と一瞬車が持ち上がる鈍い音、将棋倒しになりそうな衝撃以外は見えなかった。

渋谷駅はカーブしているが急停車駅ホームを半分滑り込んで間に合わなかったのだった。

警察官と救急員がみどりのシートをかけて皆の目に触れないようにした。
そう、電車は急には止められない。
時速60キロで走行して線路前方に人を発見しても急ブレーキをかけても200メートル以上自然走行するのだ。

鉄道で最も恐ろしいことは人身事故だ。
JR大久保駅で線路に誤って転落して女性を目の前に見て勇敢に線路に落ちた女性を救い上げ助けたものの自分は自ら犠牲になった勇敢な韓国人の青年の事件が伝えられて、線路に転落した人を助ける緊急時非常ベル装置など、またホーム下の緊急避難スペースも設けられて安全度は高まったものの今日の事故は場所が悪かった。

渋谷駅から恵比寿よりの線路にいたためにホームの乗客も発見出来えず、悲惨な事故になった。
田崎はうなだれるようにして二人の警察官に付き添われるようにしてホームから消えていった。

飛び込み自殺の現場を見たものはあまりにもリアルで無残で一生忘れられないのだ。
それは20年、30年、ずっと後までも駅を見ても悲惨な思い出がよみがえってくる。

事故の遭遇した電車に高齢者小田信夫が乗っていた。
彼は、現場を車内のドアから見ながら悲しい顔をしていた。
80歳の彼は学徒動員で沖縄戦の特攻隊として召集令状
を受けたのが終戦の3日前だった。
「俺が学生のときは、ひたすらお国のために、天皇陛下のために喜んで死んでゆくことが美学とされていた
でも、鹿屋の海軍特攻隊基地に赴いたときはもう無条件降伏を受諾、お昼に陛下の重大放送があるということであやうく命を救われたのだった。

小田はこんなに死ぬかもしれない、そんな命を終戦で救われて、皆、終戦の放送を聞いて正座して嗚咽していたが小田には泣けなかった。
否、心の中で九死に一生を受けたという歓喜にさえなっていた。
「これで俺は死ぬこともなくなった、これから先は焦土で過ごすだろうが、米が、野菜がなくてもはじめて自由を手に入れたのだ。
まだ20歳だしがむしゃらに国を立て直すのだ。
小田は、日本人はなぜ死のうとするのだろうかと考えていた。

切腹をして死んでお詫びをする、この戦争でも生きて米軍の辱めを受けるより死んで華と咲く、
母が大変な思いで腹を傷めて苦しい思いで出産するのにそんなこの世に生を受けているのに自分から命を絶つのか。

今はものが豊かで何でも手にいる、努力すれば報われるかも知れない、そんな先が明るい10代20代の若者
働き盛りの40歳台、そんな人の自殺者数が昨年3万人にも達している。
一昔前にネットであった練炭自殺が硫化水素を使った自殺が各地に広がっている。
小田は、
「すべての国民は健康で安全な最低の生活を保障する」と憲法にも定めてある。
一人でもこの世に生まれたもので無駄な人は一人もいない。
格差社会で底辺にいる人も多くなった、それもわかるが死んではいけない。
死にたくなくても国のため御国のために死ぬことが強制的に定められて10代の若者が散っていった特攻隊、そのことを考えれば生きて自分でいろいろ経験して歳を重ねて行き定められたときに死ぬべきではないかとじっと考えて訴えたかった。

依然として人身事故は減っていない
鉄道も私鉄では、ホームに安全策を設けて電車発着時だけ開く扉を採用しているのだが、駅以外の線路ウエでの飛び込み自殺を防ぐのは不可能である。
全国の路線に高いフェンスを設けても線路を横断する
跨線橋もあり完全防止は不可能である。
「この電車は人身事故でただいま取り片づけ作業を行っております。少々お待ちください」
車掌の車内に流れるアナウンスで時計を見る人、そのまま立ち止まる人、その偶然の残酷な経験をした人たちはこれからも深く脳裏に刻み込まれるだろう。
さっきまで人格もあり動いていた人が今は、ただ取り片付けとまるでごみでも片付けるように代わってしまう。
これも無残といえよう。

渋谷駅は騒然としていた。
各ホーム、否私鉄駅で人身事故を伝えている。
「ただいま、振り替え乗車を行っております。
埼京線・湘南・新宿ラインとも運転を中止しております。お急ぎの方は東京メトロ銀座線・半蔵門線、東急東横線・京王井の頭線をご利用ください」
渋谷駅は各駅とも人があふれ始めていた。

ホームでも改札口でも騒ぎが起きていた。
「人身事故だって」
「またか、よくあるな」
「早く動かないかなあ」
渋谷から新宿・池袋方面へは山手線が一番早い
回り道、たとえば新宿に行くのに地下鉄で赤坂見附に行き、丸の内線に乗り換えても、また青山①丁目で乗り換えてもかなり時間が掛かる。
改札口では電光掲示板のただいま、人身事故発生中・・・振り替え乗車を行っていますという電光文字がむなしく躍っていた。

運転手・車掌から連絡を受けて、まもなく救急車と警察官がやってきて現場を見ている。
「これは車輌、車軸も見ないとなあ」
「お知らせいたします、この電車は人身事故のため停車しております、なお、この電車は当駅で本日運転を中止させて頂きます。この電車は回送電車となります」
「ただいま私鉄線各線の振り替え乗車を行っていますので前6輌の開いているドアからお降りください」
車掌のアナウンスを聞いて
「なんだ、ついていないなあ」
「打ち切りか」

諦めにも似た表情で蜘蛛の子を散らすように皆、前6輌の車輌のドアに詰め寄って降りていった。
事故発生から50分が立とうとしていた。
「この電車は回送電車になります」
「ああ、小川ですが人身事故が起きて、今渋谷です」
「小川さん、それは大変ですね、大丈夫ですよ、待っていますから」
「ついてないよ」
みずえは一言そういって地下鉄銀座線に通じる階段を登っていった。

事故発生後1時間を経てようやく回送電車となって電車は渋谷駅を発車していった。
さっきの事故現場はきれいにされていたものの事故発生を物語る黒ずんだ水が枕木に残っていた。

ようやく何とか運転再開されたものの上下線、隣接する埼京線・湘南新宿ラインまで不通になっていてその後遺症は大きかった。
「お待たせしました、ただいま山手線・埼京線・湘南新宿ラインとも運転を開始します」
それを聞いてたrちまち山手線ホームはいっぱいに人手あふれた。
「開通したらしいよ」
「まったく困るなあ」
中にはケータイで
「お母さん、電車が直ったので今から帰るね・・・
ますみ」とメールを打っている女子高生もいる。
電車は何ごともなかったかのように原宿駅に差し掛かろうとしていた。

そのとき5号車のドア側に座っている女の子がいた。
疲れた表情で考え事をしている。
彼女宮元ますみは両親と口論して父から
「ますみ、いうこと聞かないなら出て行け」
「ああ、こんな家なんか出て行くよ」
母親さきが
「ますみ、ますみ」
といって引きとめようとしたのだが家を出て渋谷で3日間を寝泊りして過ごしたのだった。
ますみの家は父は中学校の教頭、母は教育評論家で時々新聞にも記事を書いて近所からもますみさんはお行儀がよく勉強する子として評判もよかった。
事実、中学校の成績は上位で、皆の信頼も厚く信頼を得て学級委員になっていた。
そのますみが変わり始めたのは高校に入ってからであった。

思春期特有の誰もが経験する反抗精神が芽生え、両親とも教育一家と言われていてことごとくますみは抵抗した。
ますみは黒い髪を茶、そして金髪に変わっていった。
ますみは親友朋子の家に泊まって、翌日は自由の身になったとばかり渋谷に行ってファッション209・コスプレ・カラオケ、すべて学校で禁止されたものだった夜はがらっと変貌する歓楽街を歩き回り、同じ渋谷にいた女子高生とも逢ってタバコも勧められた

二人ともこれといった目的なしに街を歩いた。
また、キャバクラの前で立ち止まり、男から声をかけられたが二人とも「私たち、いや」ときっぱり断った
深夜になるにつれて吐く息も冷たく泊まるところもなく二人はささえあってビルとビルの隙間で寝たものの寒さが厳しく目が覚めてたまらなくなって深夜営業のネットカフェに駆け込んだのだった。ネットカフェは誰もがコーヒーを飲みながらネットを楽しむ場所として親しまれているが、最近は格差社会が進んでここで寝泊りする人さへ出てきている。
世界でも主要国での貧困率がアメリカ・イギリスを抜いてとうとう第2位にまで転落している。

ますみも朋子もただ一度だけ今まで経験したことのないことを見て自分で試しかっただけだった。
渋谷の商店街の治安の維持を図っている中年のおじさんから
「高校生でしょう、両親が心配しているから帰りなさい」とも注意された。
二人はもう3日目には家が恋しくなった。
学校も3日間無断欠席してしまった。

ますみも朋子も3日目に家に帰ろうとしていた。
コンビニアルバイトでためた3万円もそこをつきかけていて帰りの切符を買ったら残りはわずかだった。
二人ともいすに腰掛けて両親にメールを打っていた。
「お父さん、お母さん、今から帰る、ごめん・・・ますみ」
両親からも家出後、頻繁にケータイに電話がかかってきたが留守電に切り替えた。
「ただいま、留守にしています。ご用件ある方は」
なすすべがなかった。

電話でも通じるのだが反対された両親の3日間の断絶は融和するには断絶の壁が出来上がっていた。
「まもなく新宿です、埼京線・湘南新宿ライン・総武線・小田急線・・・・・・」
テープのガイドが流れるとともに、ますみも朋子も二人とも立ち上がってドアが開くと出て行った。

冬の灯は早く沈む、時計は四時を過ぎていたが、池袋の駅ビル、百貨店の影が長く伸び吹き始めた北風でホームにいる人たちは寒そうにコートの襟を立てたり、ブルゾンのファスナーを引っ張りあげて首を覆い、亀のように首をその中に入れるような格好をしていた。
1200Yの山手線内回り電車がホームに滑り込んできた。

人身事故発生の影響で電車は正常ダイアに戻りつつあったがなお10分ほど遅れていた。
「1番線の電車が発車いたします、ドアーにご注意ください、次は新大久保に止まります」
ミュージックサイレンがなって電車は静かに発車した。

新宿から乗った7号車に生まれたばかりのわが子を浅草の病院に訪ねていく荒垣俊がいた。
彼は31歳、妻は29歳のときに結婚をした。それから数年間は甘い蜜月のような月日を過ごしたが気がつけば4年を経ていた。
「ねえ、あなた、私、子供がほしいんだけど」
「俺もそうだ、もう4年目だものなあ」
でもなかなか子供はできなかった。

二人で病院に行きましょうよ」
「そうだなあ、行って見てもらおうかなあ」
二人は知人の紹介で銀座の産婦人科に行った。
医師は夫、俊と妻、美佳の検査を行ったが、
検査結果は夫は問題なかったが、妻の方は「不妊になりやすく排卵誘発剤を使いましょう」という医師の診断だった。
二人は医院を出て、お互いに顔を見合わせながら
「結果が出てよかった」
と安堵の胸をなでおろした。

「大丈夫かしら」
「安心しろよ、医師が太鼓判押してくれたも同然だ」
妻も新しい生まれてくる、まだ妊娠の兆候もないのに
手芸のうまい彼女は、毛糸で靴下、帽子をせっせと編んでいた。
「ねえ、これかわいいでしょう、私とあなたの子、生まれたらこの靴下と帽子・・・」
「美佳、愛しているよ」

俊は本当に幸せを実感していた。
それから半年、美佳はずっとハケン社員でパソコンを操作して俺の少ない給与を助けてくれている。
子供は神からの授かり物だよ、いつも生まれてくるかも知れない新しい命をずっと待ってるのではかわいそうだ、美佳と一緒に冬休みの休暇でシンガポールにでも連れて行ってあげようか。

日曜日のある朝、二人で美佳が作ったフルーツサンドイッチとコーヒー、下手ながら俊が作った野菜サラダを食べながら、俊は、
「ねえ、美佳、いつも家事をやりながらハケンでがんばっている、俺も美佳と一緒に旅行を・・・」
といいながら旅行社でもらった海外旅行シンガポールを見せた。
「ごめんなさい、私、赤ちゃんができたらしいの」
「はっ、今の本当・・・・」
そんな前のことを俊は回想していた。

彼はあいにく松本に出張していた。
彼の両親からも電話・メールがケータイに来た。
「無事生まれた、女の子だ、早く帰って来い」
俊は早く病院に行って自分の子を見たかった。
また、妻美佳に
「ありがとう、本当に大変だったね」
と声をかけてあげたかった。

自分の二世、最初は女の子がかわいいなあ、兄弟が3人とも男なので余計女の子がほしかったようだ。
「どっちに似てるだろう、俺か、それとも妻か」
早く妻にあって「お疲れ様、大変だったね、ありがとう」と声をかけてあげたかった。
「女の子か、俺に似てるのか、それとも美佳か」
「バージンロードを歩くときはどんな・・・・
いけない、気が早すぎ」
頭で思い巡らしたあまりそんな先までと考えていた。

4号車にはカバンをひざに抱えてにこにこしている男が乗っていた。
井沢康夫は今日、課長昇進の辞令をもらったのだった
彼は高校を出て有名書店に勤務した。
小さい時から本を読むのが大好きで、どうせ好きなら書店に勤めよう。そしてそこで本屋のノウハウを学んで一軒の書店を持ち独立することが夢だった。
書店販売員から出発して書店チェーンでいつも売り上げトップを占めて15年目にしてチェーン本部の販売課長に昇進したのだった。

「まもなく池袋です。埼京線、湘南新宿ライン・・・
Soon will be arived Ikebukuro・・・・・」
と最近は日本語の次に英語案内が流れるようになった

「場内制限」
「池袋停車」

あわただしい一日は終わりを告げようとしていた。
山手線も終電車の時刻になった。
0時37分発大崎行き、このあと57分発が本当の最終電車なのだが、すでに東京・神奈川・埼玉・千葉に帰る深夜バスには間に合わないので37分を選んで乗る乗客が多い。
深夜営業を終えて帰宅するホステス、ぎりぎりまで会社で残業をしてやむを得ず深夜バスで帰宅、歓楽街で遊んで気がついたら終電に間に合わなかった、中にはホテルの勤務で夜勤と交代して二日ぶりに帰宅す者、そして終電車
お決まりの酔客など、実に今の世相を見る思いがする。

そんな乗客のさまざまな思いを乗せて大崎行きが発車する。
「山手線内回り大崎行きが発車します。このあた47分発電車最終電車になります」
暗黒に電車の前照灯が一筋幾手を照らしている。
「今日は、疲れたよ、朝からずっとフロントで立っていたから足が向くんだよ」
「村木さん、大変だよね60歳過ぎてのホテルでは」
同じホテルの先輩の垣田太が心配している。
「いや、僕は銀行定年後もこうして働くことが出来ることを感謝してるよ」
「先輩はいつも感謝って行ってるけど、俺にはできないな」
「まあ、働ける間はね、妻がうるさくってね」
「家でもそうですよ、家のローンも残ってるし」
とそりゃ馬にむちを当てるようで」
7号車に
「何いってやがんだい」
「いい加減にしたら、皆見ていますよ」
「ああ、見られてもいいよ 今日の・・・・部長のいうことが正しいか、どっちが正しいか、どう思う」
「先輩、平井さんのいうこと最もですよ」
「だろう、部長北海道にでもどこにでも、ああ、部長が行かなければ、俺が行くよ」
「先輩、大分酔ってますね」
お酒の匂いがだんだん車内を包んで行く。

「あのね、悲しいよ、ママ、何かというとあたしに文句いってさ」
「あなたもまだ新顔だから、そのうちなれるわよ、がんばってよ」
「あたし、気をつけて話しているつもりよ」
「秋田訛りが、誰でも最初は」
化粧の匂いをあたりいっぱいにまきながら二人のホステスの話、

「世の中、どっか間違ってると思うね、会社は景気いいのに俺は貧乏で、何とかならないか・・・
ちょっとあんたどう思う、年金だってわかんねえよ」
と盛んに周囲の乗客に不満を訴えている中年過ぎの男性

なんともわびしい話が車内で充満する中で目白・高田馬場を過ぎて新宿に差しかかろうとしていた。

「新宿です、この電車は大崎行きです、品川・田町。東京方面はすでに運転が終わっています、本日私鉄各線の連絡はすでに終了しています」
ドアが開くと同時に各車両から脱兎のごとく駆け出してエスカレーター、エレベーターとも行列が出来ている。
残業や夜、遊んで終電の乗り換え時間に間に合わない一団が走って新宿駅西口の深夜バス発着場に行く。
1:00、1:10分と相次いで近郊までの深夜バスが終電を待っている。
新宿から乗ってくる人はさすがに少ない。電車は大崎どまりでそれから先の品川方面は運転が終わっている
3号車の東和タクシーに勤務する大沢は同僚と焼き鳥矢でお酒を飲んで酩酊していて車内も足がふらつき通路をジグザグで歩いている。
「て、やんでー、タクシーさ730円になってから客は乗らないし、俺もよー、歳取ったから夜勤はできねえし、そのうち後期高齢者でいじめられるのかよ」
山手線車内はすっかり当世世相を嘆く広場に変わってしまっている。
渋谷駅で近郊の家に帰るためにホームはちょっと喧騒だった。とにかく東京都下・神奈川を主に最終深夜バスが発車直前になっているのだから無理もないことではあるのだが。
「二分延発」
「出発進行」
きらめいていた渋谷のビルの灯火もさすがに消えて
行く先を照らすヘッドライトと赤。蒼の信号灯が主役を果たしている。
「大崎停車」
目前に大崎駅のホームが見えてきた。
「場内制限15」
マスコンレバーを前方に引いて今日最後の電車の運転士前田紀夫はゆっくりとホームに到着した。
時刻は1:00をとうに過ぎていた。

「ご苦労様」
前田紀夫は、白い手袋で指差しながら「異常なし」と繰り返した後、構内運転士に
「異常ありませんでした」とホームに足をつけて交代した。
その間にも
「お客さま、この電車終点ですから」
深夜のこととて酔客は足を伸ばして座席に横たわっている。
「お客様、お客様」
何回も呼んで、やっと
「ありがとね、降りるよ、俺は品川まで行くけど」
「これから先はもう電車はありません」
「じゃ、この電車は」
「車庫に入ります」
「じゃ、車庫まで載せてくれよ」
「お客様、それはできません」
「じゃ、俺は」
「ここを降りて階段を上がり椅子で休んでください」
「えっ、この寒いのに」
「始発電車までお待ちください」
酔客に事情を説明して納得してもらうためにこんな一問一答が毎晩続く。
「まいったなあ、じゃ仕方ない、ビジネスホテルか」
すべての車輌を廻って乗客が車内にいないことを確認して入庫するのだ。
「出発進行」
「構内制限15」
電車はポイントが複雑な線路を車体を蛇のようにくねらして右へカーブ、すでに先に到着して一瞬の眠りについているE231群の中に入る。
「停車」
パンタグラフを下ろしてさまざまな機器を点検し
「異常なし」
構内運転士の白岡はマスコンレバーの鍵を抜いてしんしんと冷えている黒い冬空を見上げながら降りていった。
一周45分として一日15周以上走り乗客の喜び・悲哀を載せてその垢がついている。
わずか3時間の眠りについてまた明日もあさってもずっと同じようにいろいろな人間模様を描いて山手線は今日も走る。

みなさまお疲れ様でした。
ご乗車くださいましてありがとうございます
もしかしたらあなたが山手線の主役になっているかも知れません。












スポンサーサイト

長編小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<創作仮想テレビドラマ「ホテルの恋人たち」 | HOME | 短編恋愛音楽小説「雨宿りの幸せ」 >>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。