FC2ブログ

文学談話室

おもにシナリオ脚本を中心に小説・音楽・旅行記など書いています

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

短編恋愛音楽小説「雨宿りの幸せ」 


作家のたまご


にほんブログ村 小説ブログへ

にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ


高野真理子は,子供たちのピアノスクールの仕事を終えて百合丘駅からゆっくりと坂を上って自宅に向かっていた。歩きながらかっての音大時代の将来はピアニストとして活躍したいと大きな夢はどこにいってしまったのか,考えていた。

真理子は3歳から10歳くらいの小さな子供を相手に新宿の子供ピアノスクールの講師として、ピアニストの夢を持ちながらいまだに実現できない、そんないらいらした気持ちをじっと心の奥底に秘めながら、矢つぎばやに変わってゆく雲のあわただしい流れと降り出しそうな空を見つめながら静かに歩いて坂を上っていた。

上るにしたがって耳元に聞こえていた電車の音がはるか背中の後ろで聞こえるような感じで遠ざかってプラタナスの木々の葉を揺する音が風に乗って聞こえてくる。上り坂の左に瀟洒な白い洋館づくりの家が真理子の家だった。

胴色の飾りのある門を開け、郵便受けを白い細い手で開けると中からどっとダイレクトメールが飛び出してきた。真理子は、それを胸に受け取ってそれから家の入り口のドアフォンを真理子は軽く触れた。中からピンポンという3連音がなっている。真理子はドアフォンのレンズに思い切り顔を寄せた。

「お帰りなさい。真理子」白いエプロン姿の母が、小麦粉だらけの手でドアの取っ手を掴み、開けてくれる。母は「こんばんは、あなたの好きなフライドチキンよ」といいながらキチンに帰り、ボウルの中でチキンに小麦粉をまぶしている。真理子は、「ただいま」と言ってそのままキチンのテーブルに腰を下ろし、手に抱えているダイレクトメールの束をめくってみた。

マンション、学習教室、スーパーの大売出しから自動車セールスなどに混じって、まだ父も母も50歳代なのに気の早い墓の分譲チラシまで真理子の家の年齢層の広さを物語っている。真理子にとっては大半は不必要なもので足元のくず籠にばさっと捨ててしまう。

一枚ずつめくっていて真理子ははっとした。小さな封筒で赤いハートのシールが眼に飛び込んでくる。「えっ、これ、なに、彼もいないし」真理子はあせるような気持ちで封を切った。一枚の便箋には「真理子、久しぶりね、元気してる、私も元気よ、ねえ、真理子、あたし赤坂のホールでピアノ独演会を開催することになったの、演奏会チケット同封するのでぜひ音楽会に来てね、絶対よ、あなたの一番の友達、磯部美紀と書かれていた。

数日後、真理子はフリルのついた白いブラウスにコーヒーブラウンの短めのジャケットにグレーのスカートと琥珀色の飾りのネックレス、久しぶりに逢う友人美紀のためにもとちょっとおしゃれをして赤坂のピアノ演奏会の招待状を持って出かけたのだった。真理子もまた、東西音楽大学ピアノ科に籍を置いて将来はピアニストを夢見ていた。音大でピアニストを目指す人たちは多く、大学を卒業しても才能と経済的な保障がないと難しかった。才能が認められて世間で認められて第一線で活躍できるピアニストはほんの一握りに過ぎない、

でも卒業後、外国の音楽院に行ってさらに飛躍したいと思っていた。ある日、真理子の夢は突然父が脳梗塞で倒れてかえらぬ人となってしまったのだ。父の経営していた金属加工工場も兄が継いだものの折からの不況もあって借金を抱えていたし時々真理子も手伝ったりしてドイツ留学どころでなかった。

真理子はとても繊細でいろいろな特技を持っていた。音楽とかけ離れた小説を書いてある賞に応募し入賞したのだった。小説と音楽はかけ離れていると思ってる人もいるようだけど、いかに繊細にあるときは華麗にあるときは激しい感情を出して描きあげることは同じはずだわ、真理子の持論だった。

それでピアニストの道を一旦あきらめてもう一つの夢、作家を目指して書籍の出版社に派遣社員として勤務し稼いだお金で今は楽器メーカーの音楽スクールに週に2回、新宿に通っていて」子供を中心としたピアノ教室で教えているほか、地域での音楽愛好家によるオーケストラの結成に精進したり、音楽のブログを立ち上げたりしている。
また、時折ピアノ演奏家として都内での音楽コンサートにピアニストとして出演するものの全力で音楽家としての灯を消さないよう懸命の努力を重ねて収入を得て生活をしている。

いつの間にか5年経って真理子も30歳近くになっていた。
そんな時いわば学校でライバルだった友人磯辺美紀がパリから帰ってきて日本でのピアノ演奏会を開催したのだった。赤坂美音ホールでは一躍ヨーロッパで有名になった磯辺美紀のピアノ曲を聴こうとする人で入り口を入ったロビーが立錐の余地もないほど満員だった。

華やかな服装と磯部美紀の話でざわめきがあちこちから聞こえてきて真理子はちょっと圧倒されそうになった。
分厚い黒地に金色の文字で「お帰りなさい、磯部美紀、下にホールの名前と名前が金色の大きなパンフレットを右手に持って真理子は美紀から送られてきた招待券をショルダーバッグから取り出してみると特A07と書かれていた。
交響楽団のメンバーが盛んに演奏前の音合わせをしている。

座席にも特A・A・B・C席とあってピアノを鑑賞するには演奏家のメンバーが目の前に見える指定席に静かに腰を下ろした。彼女が、私に特別席を招待券としてくれたのは友人としての親切心なのか、それともピアノが目の前にあるこの席で自分のピアノ演奏を誇らしげに見せようとしているのかとも考えてみた。

幕が開くと東洋交響楽団の面々がずらっと並んでいて左側にグランドピアノがあった。団員が次々に紹介されて、左側からにこやかに微笑みながら真理子の友人ピアニストが入って来る。「では、次にピアニスト磯辺美紀さんをご紹介します」彼女は中央に来て丁寧に頭を下げたが、ちょっと左を向いて真理子がわかったらしく微笑んだ。真理子もまた右手をちょっと上げて小さく手を振った。

「演奏してくださる曲目は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第二番、ショパンの2つのピアノ協奏曲、第一番変イ長調作品11番と第二番へ短調作品21番、それに小曲ノクターン作品9-2 変ホ長調でこの曲は映画「愛情物語」にも取り上げられました最後に別れの曲、12の練習曲作品10-3ホ長調です」指揮者が指揮台に立って、会場は一瞬静寂になった。

タクトが振られると荘重なオーケストラの調べがはじまり、ついで彼女のピアノが力強く鍵盤をたたきはじめた。彼女の指先がたたきだす調べがあるときは優雅に、あるときは激しい熱情的な調べとなって音響装置に跳ね返り次第に広いホール全体を覆った。

いつの間にかこんなにうまくなったのだろう、やっぱりヨーロッパに留学するとちがうんだなあ、真理子はそう思いながら白いバッグをひざに乗せて指を滑らせていた。演奏が終わり、場内の満場の観衆の拍手とともに胸元が開いた白いドレスをまとって挨拶する彼女はまぶしいくらいに輝いていた。額ににじんだ汗が舞台のライトに輝いて彼女の熱演を表しているようだった。

真理子と美紀はよいライバル同士だったが、友達が今こうしてピアニストとして演壇に立っているのを見て真理子も手の皮が赤くなって血管が露出するほど拍手し続けたが、数百人の中の自分の熱い拍手を美紀はわかってるくれてるのかなと思った。瞬間、自分がピアニストとして立っている姿と重ね合わせた。

実際、高野真理子と磯辺美紀はテストでもお互いが5位以内を争っていたし、よきライバルだったのだ、二人とも目指すところはポーランドのワルシャワの国際ピアノコンクールに参加することだった。学期試験でも春は美紀が第1位、秋は真理子が第1位と、実力、技法は五分五分だった。いったん忘れていたピアニストの夢が真理子の心に灯った。

ピアノ演奏会が終わるといつのまにか外は雨が降っている。真理子は親友美紀に一言だけ「おめでとう」といいたかった。演奏会を終えて通路はまだ興奮が覚めやらぬ聴衆でホールの出口に向かう人であふれていた。真理子はそんな人並みの続く強い圧力を身体ではじきながら掻き分けて反対方向の楽屋裏を訪ねると彼女は記者会見に出ているとのことだった。

それを聴いてあんなに親しかった友人磯辺美紀がもう遠くにいるのだなあ、自分の存在が急に小さく見えて来た。「彼女は、あのワルシャワの国際ピアニストコンクールで優勝して、今日、演奏会、あたしは子供たちのピアノ教室と時々小ホールの演奏会でピアニストとして狩り出されるのか」彼女は、美紀に会えないことがわかるとあらかじめ用意していた手紙の入った封筒を係りの人にことづけてホールの外に出た。

会場に着く前の雨は強くなってドアの外から強い雨音がロビーにも流れてきて降り止まず、真理子は駆け足で目の前の地下鉄赤坂見付駅の階段を下りた。地下鉄赤坂見付でホームに入ってきた電車のドアが開くと、雨にぬれた乗客としずくが落ちて床がぬれていてすべりやすい車内に入った。

新宿に出て小田急で自宅の百合丘に帰るのだった。電車は驟雨の中を走っていて、時折通過する踏切の信号も赤くにじんでいて窓の外は雫がたれていて真理子は座っていた座席から後ろを振り向いて曇っているガラスに人差し指でゆめと書きながら一つ小さくため息をつくのだった。

百合丘から真理子の家は歩いて10分ほどのところにあった。雨は一向に降り止まず自分のあこがれていたピアニストの夢が友達磯辺美紀が実現しているのを見て今の自分の立場を考えると気持ちが沈んでしまう。「いつの間にか自分の大切なものが変わってしまって」いつまで待っても雨は止む気配はなく、電車が着く度に駅の建物は雨宿りをする人が膨らんできている。

真理子はケータイを取り出して家の母に電話しようとしていた。 「あなたはもしかして東都音大のピアノ科にいた高野真理子さんじゃありませんか」真理子は、男の声で驚いて振り向くと、長身の男が立っていた。「あなたは」と聞いた。「ほら、あなたたちのピアノ指導とか演奏会で指揮をした細田誠一郎ですよ」真理子はそういわれて音大時代を思い出していた。

「あっ、あのときの、先輩」思わず大声をあげたが、周囲の人がびっくりして自分を見ていることに機がついてのあわてて右手で口を覆った。「いやあ、ここで会おうとは」真理子はピアノを教えてもらったり、演奏会の練習で厳しく指導してくれた誠一郎をひそかに尊敬し慕って先輩と呼んでいたのだ。

「真理子さんの家までお送りしたいんですがあいにく傘を持ってなくて、どうです、5年ぶりにお会いしたので、それに雨も降っていて、雨宿りにそこの喫茶店でお話しましょう」誠一郎にそういわれて、真理子も「そうですね、本当にお会いできてうれしいです」真理子と先輩は頭を両手で覆いながらすぐ左側の喫茶店に行き、あわてて駆け込み、二人はハンカチを出してぬれた毛を拭い、窓の外の驟雨が止むまで音大時代の懐かしい話をするのだった。

店内は壁がところどころステンドグラスで飾られていて天井に組木の柱があって話をするには落ち着いたたたずまいだった。おりしも「美しくも短く燃え」のBGMが流れていた。「私、この曲大好きなんです、こうして聴くのもモーツアルトの原曲と違っていいわ」「普段何気なく聞いている曲が実はクラシックだったりして、最近はCMにさへ一節が取り上げられていますよね」

「あたし、今日、音大の同期生の磯辺美紀の演奏会に行ってきました」「僕も招待されて、彼女あんなにうまくなるとは思いませんでした。でも、二人を教えて真理子さんもピアノは本当にうまい、僕は是非同じように弾いてほしいと思ってるんです」「あたしのピアノ、ほめていただいて、もう恥ずかしいです」真理子は5年ぶりの再会なのに先輩が、いや助教授が会ったばかりなのにほめられてうれしかった。「ところで先輩、ずっと居られなくて」「僕はずっとパリにいってましたから、」「いいなあ、イタリアには行きましたけど、あたしも一度ドイツ、オーストリア、そうそうウイーンに行きたいんです」「ヨーロッパはいいですよ、音楽人口が違いますからねえ、理解者も多いし」

「あたし、テレビでベルリンフィルの夏の野外演奏会見たんです。皆、くだけた格好で、丘の上にも演奏を見てる人がいて」「ヨーロッパではよく見る光景ですよ」「皆、リラックスしていてすごい身近な感じで」「真理子さんがごらんになったのは、毎年6月の夜9時から、ベルリンのワルトビューネで開かれるピクニックコンサートでヨーロッパでは有名ですよ」「皆すごい楽しんで、踊ったりライト振ったり、手鳴らしたりとか仮面を被ってるとか、ローソクをつけて、花火まで鳴って、日本と違うんですね」「クラシックの音楽が人々の生活に深く入り込んでいるんです」誠一郎の話はパリに渡ってヨーロッパの音楽に触れた新鮮な話題で真理子は惹かれていた。

ベルリンフィルといえば、その昔はヘンベルト・フォン・カラヤンによって世界でももっとも名声が高く、権威があってちょっと近寄りがたい感じの交響楽団だった。それが、この間のテレビの野外コンサートを見て、まったく庶民の懐に飛び込みあの野外音楽会を開いている。真理子はもっと日本の交響楽団が同じようにどんどん野外演奏会を開いてほしいと思った。そうすれば、もっと音楽愛好家の層が広まってしいてはピアニストにとってももっと演奏会を広げて生活もずっと安定すると思っていたのだ。「あの、」「えっ」「聞いていいですか」「はい、何でも」

誠一郎は、真理子からそういわれてちょっと驚いたようだったが、「あの、日本でももっと気楽に野外とかドームでクラシックの音楽会気楽にできないでしょうか」「なかなか現状では難しいだろうね、最近はコミックでクラシック音楽をテーマに描いたものが評判になったり、若い人がクラシック音楽に関心持ってきてるけど、どこかのロックバンドのように数万人を集めてのクラシック野外演奏会は難しいだろうな」誠一郎の答えもやはり消極的な、悲観的な見方だ。

「先輩があたしの家の近くに住んでるなんて」「僕もようやくマンション買う頭金できて」「そうだったんですか」「ええ、ここに越してきて1ヶ月目です」「道理で、先輩に合えないのも当然ですね」音楽大学を卒業して、5年の月日はあっという間に流れていった。今こうして学生時代、音楽の指導を暖かく、しかしある時には厳しく怒られて何度もピアノをやり直された細田誠一郎を目の前にしてかっての思い出が鮮やかに蘇ってくるのだった。

「よく、先輩には怒られました。ショパンの曲を弾いたりしていると「子犬のワルツ」はもっと子犬が弾むようにとか」「そんなこと言ったのか」「私が期末試験でショパンの「雨だれ」を弾くと、先輩はもっと雨がぽろぽろと落ちるようなしなやかさがほしいなあ、君のは元気すぎるよ、とにかくよく怒られましたわ」「ある時なんかショパンの課題曲を弾くと、隣にじっと腰掛けていらっしゃって、僕が満足するまでは帰さないよと、引き始めるとストップ、もう一度最初からと」「君は悔しいのか目に涙浮かべてたな」「ひとつの曲を十数回弾いても先輩、だめだしして、あたし、ダメだなあと思いました」と真理子は誠一郎のスパルタ教育を思い出すかのように話をした。「そうでしたね」「ある時、僕はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番をあなたに演奏してもらいたいといったら、私できたらチャイコフスキーのピアノ協奏曲第二番が弾きたいんですとか、よく言い争いましたよ」「私はチャイコフスキーがとても好きです。最初の出だしが重厚、壮大というか、弾く人も、聞く人も次第に自然に入っていけて、あるときは華麗に演奏者も高度なテクニックを駆使して、第三楽章の終曲まで息もつけない、あたしも観客の拍手とともに、ああ、弾いたなというか、満足感っていうか、成し遂げた達成感があってどきどきしちゃうんです」

「それは聴衆から見ても同じことが言えますよ、ピアニストとしてやりおおせたんだなあ、それが熱く胸に伝わって来ます」「僕がラフマニノフに傾注するのは、ピアノの中でも難曲っていわれていますし、第一楽章で自由なソナタ形式ですが、最初から全体に壮大な重奏感があり、そこにピアノの連打が、印象的で最初から思わず曲に惹きこまれるこまれるんですよ」そういって誠一郎は真理子の顔を見ながらコーヒーを一口飲んだ。

「ええ」「まあ、難曲なんでピアノの熟達度がわかっちゃうんです、それであなたに」「ええ、でも先輩にそういわれると嬉しいです」「僕はやっぱりベートーベンです。力強くしかも勇壮で,第五の運命とか第九の合唱付とか」「ベートーベンは、第六の田園が好きです。第一楽章から第三楽章まで、田舎の豊かな田園情景で第四楽章では打って変わってすさまじい嵐を表現する叩きつけるような怒涛の曲が、それだけにあとの第五楽章の静けさがとっても、田園風景が頭をよぎります」「田園聞いた人は誰もがそういいますよね、

僕はベートーベンを聴いて見たいという人は入門編として第六の田園をお勧めしてるんですよ、わかりやすくていろいろなクラシックの旋律のエッセンスがあの中に全部あると思っています」「ベートーベンってたしかピアノソナタと呼ばれるものは第一番のへ短調から第32番のハ短調までありますが、月光ソナタとかもいいですが、でも私はチャイコフスキー、ショパンがいいです。」「真理子さんはピアノの才能がありました。

家の事情でドイツ行きを断念されて残念です」「でも、先輩、今でも一週間に1回ピアノ習いに行ってるんです。子供たちのためのピアノ教室をやってるんで自分の腕を維持しないと、それに」「それに?」「あたし、音楽の灯だけはいつまでも消したくないのです、それで音楽愛好家とオーケストラの結成を呼びかけて見たり、時々都内の小ホールでピアノの演奏頼まれたり」

「そうでしたか、僕が真理子さんをドイツで音楽の勉強のために助けられればいいのですが、まだ留学中の身の上で時々オーケストラを指揮するだけで本当にお力になれなくて済みません」「そんな」「真理子さん、僕はあなたのピアノをもっと世に紹介したい、あなたみたいな方がうずもれてるなんて、機会作るようにします、頑張ってください、応援しますよ」

真理子は誠一郎にそういわれて、こんなにやさしいこと言われたの初めてだよ、ほかに誰もいないよ、そう思ってちょっと眼が潤んできて、うれしかった。真理子は窓の大きなウインドーの外の雨を見ながら、このまままだ止まないでほしいとさへ思った。「先輩、ここのチョコレートケーキおいしんですよ、いかがですか」「僕がほめてチョコレートケーキか、もっとほめて次は何が出るか」「はっ、先輩、いやだあ」「冗談、冗談、ごめん」真理子は大学時代、助教授で怒られて、厳しいまじめな人だと思っていたのに結構砕けていてと気持ちがリラックスして、誠一郎の思わぬやさしさに癒される想いがしてくる。

やがて運ばれてきたチョコレートケーキの右端をフォークで切って、口に運びながら真理子は、「先輩、私、最近ジャズピアノに興味持ってるんです」「はっ、驚きました。僕がジャズピアノを聴くのも違った意味でピアノの勉強になるよっていったことがありました」「デューク・エりントンの「A列車でいこう」とかオスカーピーターソン、リチャード・クレーダーマンを聴いて家でピアノたたいたりするんですよ」「真理子さんのそういうピアノ聞かせてほしいなあ」

「先輩、もう」真理子はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。「リチャードクレーダーマンは、パリ音楽院を出てそれでクラシックでなくポピュラー音楽を選んだんだ」「それってあたしも知ってます」「パリ音楽院は、かの有名なビゼー・ドビュシー・ラベル・サラサーテも出てる歴史ある学校だよ」誠一郎にいきなりそういわれて真理子は、先輩はあたしの音楽の知識を試しているのかと瞬間戸惑った。

真理子は学校時代の音楽の歴史にあったのだろうか、5年前の授業の内容は詳しく覚えていなかった。「そこまでは、でも、そういえばなにか聞いたような、聞かなかったような」無難な返事をしてここを切り抜けなければやばいと思った。「先輩、わかります、だから、クレーダーマンの曲で、ラブミーテンダーを聴くとピアノがやはりショパンのような感じを受けることがあります」「だから。ジャズ・ポピュラーミュージックとクラシックのピアノって相通じる、これは、僕の持論だけどねえ」「あたし、この歳になって、あの時先輩がおっしゃっていたことがよくわかります・・・「ジョージ・ガーシュインのラプソディー・アンド・ブルーのあの終曲近くのピアノとても華麗で雄大で、先輩の好きな力強さもあって」

「ジョージガーシュインって言えば、真理子さんの言ってるラプソディー・アンドブルーのあのピアノをロスアンゼルスオリンピックの開会式で8台もピアノを使って広いスタディアムでボストンフィルでロジャーウイリアムスの指揮で演奏したときのあのピアノ演奏はすごかったなあ」「あたしは、まだ幼稚園でした。でもテレビで見て覚えてるんですよ」「僕は中学生だったけど、すごいインパクトがあったよ」二人の話はどんどん広がって今から22年前のロスオリンピックまでさかのぼってのピアノの話をするのだった。

「真理子さんもずいぶん変わったなあ、僕が近代音楽のガーシュインとかもクラシックの曲と相通じるから、いろいろ聴いて自分で試すのも見方が違ってくるよと僕はいいましたよねえ」「ええ」「私、先輩のいわれる意味が最近になってよくわかるんです。クラッシックとジャズの技法がマッチしていて、あの曲はクラシックと次の世代のジャズの中継ぎをしてるんだなあと」「あの頃、あなたは、いいえそんな暇はありません

私は徹底的にクラシックでショパン一筋に、ポーランドのワルシャワの国際ピアノコンクールに出ることですと、怖いくらい一途でしたよ」「イやあ、先輩・・・よく覚えていますね」雨がいつまでも降り続いていたこともあるが、真理子は誠一郎があたしのことをこんなにも考えていてくれてることがうれしかった。

助教授である誠一郎と自分はその教え子であると自分から今まで距離を置き、自分から遠ざかっていた誠一郎との間が急に身近になってきたし、この今日の出会いが運命のように思えるのだった。友人磯辺美紀からピアノ演奏会に行ったものの観衆の万来の拍手に美紀は包まれて真理子は自分に置き換えたときに嫉妬感を覚えると同時に小さな存在に見えたのだった。しかし、今は真理子の表情は生き生きしていて喜びが誰の眼から見ても感じられるのだった。

二人は、クラシック音楽についてとことん話し合ったのだった。
真理子の胸に忘れていた雄一郎への想いがよみがえった。
「真理子さん、今度もっとゆっくりお話しましょう、ええと、僕のケータイは」といわれて真理子は自分のケータイを渡した。
誠一郎のケータイの押す指を真剣に見つめていた。
気がつけば、雨は上がって空には薄く虹が掛かっていた。

「雨が止みましたね、かえりましょう」
二人は、駅から坂を上ってそれぞれ家に帰るのだった。真理子は久しぶりに幸せを感じていた。真理子の歩みに誠一郎も合わせて、手こそ組まなかったが後姿を見ると恋人のようだった。もしかして、これを機会に誠一郎さんとお付き合いして
学校時代から先輩誠一郎と後輩で生徒の真理子の最初はたんなる関係が次第に好意を持つようになっていた。でも単なる私は生徒で先輩は音大の助教授だし、尊敬し段々誠一郎に好意を持つようになっていったが、これまで彼女のほうから距離を置いていた。

あたしが心から求めていた方ってこういう方だわ、真理子は5年ぶりに会った誠一郎のことで頭がいっぱいになっていた。
「真理子さん、今日はあなたに本当に会えてよかった」
真理子はだまってぽかんとして誠一郎を見つめていた。
「・・・・・・・・」
「真理子さん」
誠一郎に呼びかけられて真理子は、我に帰り
「はっ、あたし済みません、先輩、今日のあたしってどうかしてますよね」
といってごまかした。

じゃこの先が僕の家ですので、また、お会いしたいと思います」
「今日は先輩、誠一郎さんにお会いできてとても幸せでした、じゃ、また」
真理子はそういって丁寧にお辞儀して別れたがいつまでも誠一郎の後ろ姿を見送っていた。そのときだった、マンションの入り口に一人の女性が出てきて一生懸命に
雨に濡れたスーツをタオルで拭いてあげているようだった。
真理子の夢はこの瞬間潰えたのだった。

「結婚されて奥様がいらっしゃたんだ」
また、会って音楽の話がしたいとも思った。でもそれは許されないことだ。真理子は、誠一郎さんは東都音大の私の教師だし、教えていただく生徒があたしだし、単なる教師と教え子の関係ならいいじゃないの、とも考えても見た。
しかし、真理子の心は単なる関係を超えて親しさから次第に恋するようになっていた。先輩はそうでもあたしが愛したら、それは不幸な大変なことになる。
緩やかな坂を上りながらいつの間にか真剣に考えていた。
細田誠一郎の住んでいるマンションからちょっと坂をあがったところの左側が真理子の家だった。

「ああ、お帰りなさい、真理子、で、お友達の演奏会どうだったの、雨に濡れなかった」
そんな母の心配を背中の後ろで受け止めて
「お母さん、私ちょっと」
「どうしたの、真理子?」
階段を上がって二階の部屋に行く。
真理子はしばらく雨が上がって雲間から漏れてくる太陽の光を、窓の外を眺めていた。

「結婚されて奥様がいらっしゃたんだ」
「あんな近くに先輩の家があるなんて」
二階の窓から色とりどりの家の中が立ち並んでいる真ん中の雑木林に見え隠れする白いマンションが手の届きそうなところにあるように真理子には見えた。
物思いにふけっていた真理子だったが、細田誠一郎に会ったのに、雨宿りをしてあの喫茶店で話した生き生きとした彼とのクラシックの弾むような話、忘れていた彼との想いが募ってしまった。真理子は思い切り泣きたい気持ちになり、自分の部屋の鍵をロックした。彼女は、窓の外を見つめているうちに次第に一筋の涙が頬に伝わって流れ、やがて悲しくてとめどなく涙が流れて来て思いきり泣いた。あたしの幸せは、あの雨宿りのほんのわずかなんだ、この人ならと思った気持ちが、そう思うと悲しくて、壁際の椅子に座ってうつぶせになって泣くのだった。

しばらくして、ケータイを取り出して090の彼の番号の表示が涙でかすんでぼうっと見えた。泣きじゃくりながらじっと見つめていた。涙をハンカチで左手でほほにあて拭きながら、
「やっぱり消去」
そういって右手の親指でケータイの番号を消去した。
部屋を出て廊下の角の洗面所で泣いたあとの顔を母に気づかれないように顔を洗ったあと、でも雨が降っていたから先輩に会えたんだ、だから雨宿りができて、考えをもっと前向きにしなければと思うのだった。
「そうだ、「雨宿りの幸せ」っていう作曲を、」そういってなにごともなかったかのように1階に降りて、「お母さんただいま」一声かけて応接間にあるピアノに向かうのだった。
                               (完)

                                             







スポンサーサイト

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<長編小説「山手線」 | HOME | 短編純愛小説「けだるい夏の日」>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。