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文学談話室

おもにシナリオ脚本を中心に小説・音楽・旅行記など書いています

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現代若者ことば字鑑

少し大きい文字

1 「いけてる」

いけてるは、垢抜けしている、かっこいい、など昔はいかしてる、いかすといっていたことばが死語同然となっていけてるに変わったことばである。
今日では非常に多く使われている

日常の生活の中で、「その服結構いけてます」、「この料理いけてます」という具合に用いる。
またいけめんということばがあるが、いけてるめん(men)を意味し、テレビで聞かない日はないほど頻繁に使われている。

テレビドラマの使用例、

NTV「働きマン」で新人田中(速水もこみち)が「これ誰が書いたか知りませんが結構いけてます」とベテラン女性記者働きマン松方弘子(菅野美穂)にいい、弘子は「私が風呂にも入らずに3日間渾身こめて書いたこれ、軽くいけてる」と呆れ顔で田中の持ってる記事を取って「ご意見ありがとう」という具合に展開している。

2 「意味わかんない」「わかんな~い」

最近テレビドラマを見ていると、やたらに「意味わかんない」が一人歩きをしているようだ。
元はといえば、相手が話していることに対して「意味がよくわからないけれど」という否定の形のことばである。

しかし、最近は、たんに話していることに対して意味がわからないという表現のほかに、もっと広義な意味で用いられているようである。
たとえば、相手が行った行動に対して不可解なときに「意味わかんないし」とか、異性間でどちらかが悪気がなく取った行動に「意味わかんないし」とか、自分を中心になにか相手からの提案が受けにくい、否定したいと思うときにも「意味わかんない」と用いているように思われる。その意味でも新しい若者ことばといえよう。

3 はじまった

はじまったは解説するまでもなく物事のはじめての状況を言っている。
このことは今も昔も変わりはないがなにか自分にとって不利だと思われるときたんにはじまったというようである

テレビでの使用例

NTV「働きマン」で父が喫茶店で「妹の結婚が決まったぞ、お前はさきを越されて恥ずかしくないか」といわれたことに対して弘子は「はじまった」といっている。



3 「そっこう」

そっこうとは漢字で即行、即攻などの意味に用いる。
迷わずすぐに行動を起こす意味である。

テレビドラマの使用例

NTVTVドラマ「働きマン」で、友人の結婚式に招かれた弘子が、「今夜は久しぶりに腰を落ち着けて飲むぞ」と友達に言ってるのに、「私たち終わったら即攻だし、」「だんな子供が待ってるし、独り者はいいね」という意味に使われている。

4 「ダメだし」

元はといえば、演劇、舞台関係などで使われていたことばが、テレビのドラマなどに使われて一般に広がった用語である。
もともとは、ここのところはダメだからもっと強調してください」とかダメだから~してという意味で使用される。

テレビでの使用例

ドラマなどではNTVテレビドラマで弘子の家に泊まってうるさく娘に言ったのに翌日「だってお父さんダメだしばかりするんだよう」といってダメなことを言ってしまう、「不利なことを言う」など、広義な意味で使われるようになってきた

5 空気読まない「空気読まないKY」

空気を読むということばは以前からもずっと言われてきたことばであるが、あるときにはその場を読めないとかいう意味も使われてきて混乱していた。
ところが最近、マスコミに取り上げられて、またテレビドラマでも取り上げてきていて空気を読まないという形で用いられ、女子高生の間では空気K,読むYを取って、「KY]という言葉で使われてくると俄然流行語らしくなってくる。

意味は、広範囲に用いられるが、その場での皆の雰囲気とか意見をまったく無視してしまうのを、「まったく空気を読めないんだから」という風に使われる。

テレビでの使用例

NTVの「ハケンの品格」でも、ハケン社員の大前春子に部長が「大前さん本当によくやってくれて上のほうにも通じていて、契約を延長したいだけど」と言うのに対して、春子が「私は契約どおり3ヶ月で去ります
」と答え、なぜかねと部長が尋ねると、「理由は二つあります、私がこのままいると社員が私を頼りすぎて働かなくなります」と答え、正社員の黒岩匡子が「まったく、空気読まないんだから」というように使っている。

6 コンビ二ことば「よろしかったでしょうか」

近頃コンビ二ストアー・レストランなどで、例えば買い物をし1000円札を出して店員に示すと、「1000円からでよろしかったでしょうか」と言う風に盛んに用いる

また、郊外レストランに入り、食べる物をオーダーすると店員が「ハンバーグにポテトスープに野菜サラダ、コーヒーですね、かしこまりました」と一応お客の注文を聞いてから「以上でよろしかったでしょうか」とここでも相手に対して強調のことばを用いているようだ。

「~からでよろしかったでしょうか」と言われると、つい出したお金のほかに財布のお金を見る事もある。かなり強調したことばと言える気になることばでもある。

従来は、買い物をすると「1000円お預かりします」とか「1000円でよいでしょうか」という具合に相手の出したお金を肯定する形で使われてきた。

テレビでの使用例

NTVテレビドラマ「anago」で
野田奈央子(篠原涼子)に朝、会社で朝食を食べてるのを見て
「あの朝ご飯は・・・」と切り出したら立花が新入社員黒澤明彦(赤西仁)に「ああ、先輩にも勧めなさい」といい、黒澤が「梅もありますけど、鮭もありますが梅でよろしかったですか」というように用いている

7 「微妙(ビミョー)」

微妙という意味は、本来は国語辞典によれば①美しさ・味わい・状態などの細かなところに重要な意味がこめられていて、口で言えないとか一口にこうだと言い表せない状態を指していうこと、②どっちともはっきりいえない様子を指す意味で用いる。金利の引き下げは微妙とか用いる。
最近は微妙をカタカナで「ビミョー」とカタカナでも表す。
意味としては、どちらともいえないような状態をいう。自分にとってはどちらともいえないとか、感情面でどちらともいえないとか、人とか物とかが好きか嫌いかどちらともいえない微細な状態など悪い状態のときでも微妙(ビミョー)と悪い意味で多く用いるようになった。


8 「超」(ちょう)

これまで超ということばは普通考えていた限度をはるかに越えたという意味で超特急とか超越とかいう意味に用いてきた。
三省堂国語百科事典によれば、「超」は①基準・限度を越えたという意味で「超高速」「超満員」が事例に挙げてあり、②超越するで超党派という具合にすべてを含んで賛成も反対も超えてという意味、俗語としてとても、とびきりという意味があって、超うまいとか反対に超まずいという具合に用いる。そのほか超過するという意味もあり二千円越えたという意味で用いることもある。
これが若者ことばになると、「超まずい」「超まずっ」「超最悪」「超むかつく」という具合に悪いことを最高に表現する用い方に変化してきているのである。

9 「~する人」

「~する人」とは名詞、格助詞で自分を第三者に見立ててそれをあいまいなぼかした表現で用いるように変化してきている。

 従来は、「船を動かす人」とか「火事の火を消す消防士」とか明確に第三者が何か行為を行う意味で用いてきた。

最近は、自分のことを「~する人」だからという形に推量して使うことからこれをぼかして例えば「私的には料理が好きな人で」「「私とか夢を追う人みたいな」とか「僕的には日本食的なほうが好きな人」とか専ら自分のことを表現するのであるが、あらかじめそれがわかりきっていることでも、その意味で曖昧にしてしまうことである。従来は若者に多く使われてきたのだが、次第に中高年者にまで広がってきており、「私は部屋をきれいにする人だけど、旦那は散らかしても平気」・・とか今の不確実性を象徴してか拡がってきている。

10 「来た、来た」

来たということばは、従来は「彼が来た」とか「犬が我が家にやって来た」とか人物・動植物、自然界の現象、事物などがあるところからどこかに移動した場合の表現法である。

まれに電気がびりびりと感じることを「ああ、電気がびりびり来た」と使うこともあるが、そのことが原因である状態になることをいうこともある。
これが最近「来た、来た」という形で例えばなにか相手から自分にとって都合の悪いこととか欠点を指摘されたときに「あっつ、来た来た」という形で表現されるように変化してきているのである。

自分のことを言われてやっぱりかというときの意味で「来た、来た」と反抗的な態度を表すことばとして表現されるように思えるのである。

ただ、これは母親が子供に「表で遊ぶんだったら先に宿題やりなさい」といわれて昔なら「はい」とか「わかった」とかいうであろうが、今は「ほら来た来た」というのであろうか。

テレビでの使用例

ドラマの中で農家の長男に嫁いで3年後、一郎の母から「明子さんあなた本当にお料理が上手になりましたね?」とほめられて嫁の明子は「本当ですかお母さん、ありがとうございます」といったんは喜ぶのですが、「それだけお料理が上手なのに一郎は疲れた顔をしてますよ」と遠まわしに子供ができないのはそのせいといいたいことを察して「ほら、来た、来た」という

12 「やばっ」「やばい」

従来は「やばい」はなにか見つかったらまずいとか取り返しがつかないとか否定の意味で使われていた。
例えば「明日までに宿題やらないとあの先生はうるさいしやばいよ」とか「見つかったらちょっとやばいけど」とかいずれも危険性を含んだ行動のときに使用していた。今もこの用法は変わらなく使っているが、最近は「やばっ」と想像も付かなかったとか言う意味で使われることが多くなってきてこのことばがきわめて多様性を帯びてきている。

例えば、食べ物を食べて思いもよらないほどおいしいことを「このラーメンやばっ」とか桃を食べて「う~ん、この桃やばっ」という風に使用することがある。
「やばい」でなく「やばっ」という風に用いるようである。

テレビでの使用例

TBSテレビ「花嫁は厄年っ」で明子(篠原涼子)が
はじめて一郎の桃農家にバラエテー番組放送のために
駅で降りて桃を買って食べて「やばっ、この桃おいしすぎ」という具合に用いている。

13 「~れる」

食べれる・着れる・掛けれる・行けれるといういわゆる「ら」抜きことばは完全に定着したようだ。
すでに各出版社が出している種々の国語辞典にも取り上げられていて食べられる・着られる・掛けられるという「ら」語は完全に死語となった感がある。
もうことばづかいをうるさくされるアナウンサーでさへ「はい、そちらに1時間くらいで行けれます」と言ってるのである。

それにしても私が学生のときは学校で、ら・り・る・る・れ・れと四段変則活用を厳しく教えられて文法の用法に従ってことばの使い方をうるさく指導されたものである。四段変則活用を覚えてそれを実際のことばに当てはめるのは以外に大変だったことを今でも覚えている。

テレビでの使用例

TBSの「花嫁は厄年っ」で農家の長男として3ヶ月花嫁に修行している武富明子(篠原涼子)に長男の母親安土幸恵(岩下志麻)が浴衣を持ち出して「あなた、浴衣一人で着ることできますね」と聞くのに対して「はい、着れます」と答えて「あなた、らが抜けてます、着れるでなく着られますです」と苦言を呈す場面があるがすでに完全に定着した「~れる」と使う度に正しくは「~られる」と考えている人が何人いるだろうかと思うのである。

14 「~過ぎ」

最近テレビを見てると若い人の番組、ドラマにしても「~過ぎ」ということばがよく使われている。
従来は「仕事をやり過ぎだった」「遊び過ぎて疲れた」とか~過ぎの次にその理由がはっきりと述べられていた。またその行為はあらかじめ予見できなくて結果がそうなったということである。
最近の過ぎの用法は、すでに現象・結果が説明されているのを「~過ぎ」ときわめて広範囲に使うようになってきた。

テレビでの使用例

TBSテレビ「花嫁は厄年っ」で明子と一郎の弟、次郎との会話の中で次郎が例えば「あんたはわかり過ぎ」「それは出来過ぎ」「あんた少しわからな過ぎ」など、きわめて「~過ぎ」は広範囲に使用されるようになったようだ。

15 「どたきゃん」

ドタキャンとは改めて解説する必要もない新語でわかりやすいことばである・
土壇場でキャンセルされたという意味である。
従来は、すっぽかされたとか約束を破られたという具合に使われていた。

旅行業界、芸能界といろいろなところで使われていたという説があるが、旅行業界ではたしかに予約していたものの出発前日旅行ができなくなり、土壇場でキャンセルされたことをドタキャンと短くいうようになったことは容易に理解できるし、芸能界に置いても出演交渉、放送予定が土壇場でキャンセルすることもあるだろうからこれらの業界からケータイなどでドタキャンが一気に使われるようになったのかも知れない。

テレビドラマの使用例

NTVテレビ「働きマン」の一部で働きマンの雑誌記者弘子(主演:菅野美穂)がいつも仕事優先に頑張ってきたが恋人新二から仕事の都合であえなくなったと打ってきたケータイメールを見ながら「ドタキャン」という具合に使っている。

16 「いい感じ」

いい感じとは文字通りのことばである。
以前は感じがいい、あの人感じがいいとかいう意味で使われてきた。
いい感じは人・物・雰囲気など、すべてのものに使われてきて日常生活の中に深く定着しているがすべてのものがいい感じと表現すると繊細な表現が世界的に見て美しい日本語の表現も必要とも思う。

、温泉を訪ねて和室から月に照らされた日本庭園を眺めて「ああ、いい感じねえ」、グルメ探訪でおいしい中華料理をたべて「いい感じ」ともう何回も聴いたのである。「いい感じ」という表現は例えばおいしい料理に店内部の雰囲気(ムード)とかここで食べるのに全体のからだで感じるすべてを捉えていい感じというのであり、それを一言で表現するのであろう。
でも、このいい感じも乱用は避けたいものだと思った。

例えばどこか遠くに旅に出かけて「いい感じ」をそのつど使っていたら旅先にしかない日本とか外国独特の趣き、風情・食物を見逃してしまうのではないかと思う。
「いい感じ」も簡明でよいこともあるが、時には美しい景色とか食物とか日本語の持つ美しい表現を工夫して使い感性的にも情緒的にも秀れたいと思う

テレビでの使用例

TBSテレビ「花嫁は厄年ッ」で若い女性が桃農園の一郎を訪ねてきてお風呂に入り「湯加減どうですか」とたずねているのに「ああ、いい感じです」という場面があった。

また、NTVドラマ「働きマン」でも雑誌編集の弘子の恋人新二がお菓子屋でケーキを買うのに
店員から箱にケーキを入れて見せられたとき「ああ、いい感じです」といっている。

17 KY式「ローマ字略語」

最近女子高校生を中心にローマ字の頭文字を取った独特なことばが流行っていてケータイとかに利用して仲間同士のコミュニケーションを図ってるようです。
その種類は相当多く、ついに最近ローマ字日本語辞書が刊行されたぐらいです。

たとえば、もうすっかり有名になったKY「空気読まない」など、
最近のことばでは、JK「女子高生」MK5「まじ切れ5秒前」とか、辞書にするローマ字日本語を募集したら3万件集まったそうでこれからも無限に増えていくのではないのだろうか。
さらに若い人同士のグループ間にしか通用しないローマ字日本語も登場し、それがグループ間のコミュニケーションにもなっているようである。

KYは空気読まないですが、KYは「部屋が汚くて苦労読めるよ」とか「彼はやめた」、「こいつはやばい」:とかいろいろ作れるわけで、ことば遊びの範疇ならばよいとは思いますが、やがては広がりすぎると判別困難で意味がないものになるかも知れない。、
ローマ字を取ってそれを読むということは目新しいことではありません。ずっと以前からあったし、今も続いているものがある。

たとえばY.K.Kというファスナーは有名であり、また、結構鉄道ではローマ字を取って読むことが多い。
TKKは東京急行電鉄株式会社、KHKは京浜急行電鉄株式会社という具合である。
また有名なテーマパークはTDL、東京ディズニーランドは広く知られるところだ。

しかし、ローマ字の頭文字を取って日本語にするとなるといくらでの自分で新語をつくりだすことが可能になり際限なく作っていくことにより、日本語自体が崩壊するのではと心配する人もいるようだ

18 「それが何か」

元はといえば昨年NTVで放映されたTVドラマ「ハケンの品格」で30もの資格を持つスーパーハケン大前春子が使ったことば「それが何か」から来ていてあっというまに拡がった。
たとえばドジな新米ハケンがタクシーに記録したCDロムを置き忘れ、廃車処理される寸前に
クレーン免許を持つ大前春子がタクシーを持ち上げて救い、社員からほめられたのに「それが何か」と冷静に冷ややかに答えているといった具合である。
この新語昨年の新人賞にノミネートされる勢いだった

「それが何か」と簡単なこのことば、賛否両論があるようだ。
一生懸命に話しているのに「それが何か」の一言で切られてはたまらない、でも、大前春子は自分をほめずに話をして「それが何か」ということばはすっきりしているとかいろいろな見方があるようである。

19 「でも、そんなの関係ねぇ~」

お笑い芸人小島よしお氏がさかんに使用し今年大流行として一挙に広まった。
このことばは賛否両論があるだろうが、僕は問題を持っていない時と悩みを抱えてる時に用いる場合によってはいわれた人は衝撃も大きいと思うのだが。
もっとも小島氏の「そんなの関係ねえといったあとで「おっぱピー」と軽く行っているので、そういう意味で乗りがいいと若者中心に受け入れられているのであろう。

先のその場の雰囲気を読まないことを「空気読まない」といい、この言葉が同じように使われることもあろうが、前者のほうがまだ柔らかな感じになる。
友達同士で冗談を言っていて、「でも、そんなの関係ね」ならばジョークで笑いにつながるだろうが、父親が息子のために一生懸命になって何かを教え諭す時に、子供が「お父さん、そんなの関係ねぇ・・・・」といったとしたら、それまでの苦労が一瞬にして砕けてしまうような強烈な言葉であるのではないだろうかと思えてくる。

20 「~じゃん」

いわゆる「~じゃん」(いいじゃない)ということばは昔から使われてきた。
このことばのルーツを調べると私の住んでる横浜ことばから派生している。

文明開化で横浜は外国からあらゆるものが入ってきて外人居留地となった。日本人がはじめて長崎とともに外国人と接してきた地であり、案外今使われていることばが横浜ことばとして定着したのかも知れない。
昔、一時「ハイカラ」ということばが使われてしゃれてるとかセンスがあるという名称で用いられて当時の今風ことばであったであろうが、調べてみると明治時代、開港した横浜は当時和服をまとっていたが、調べてみると、明治時代、開港した横浜は当時和服を男女まとっていたが外国人の洋服・ワイシャツ姿、中でもカラーが高くとても日本人には素敵な姿に移り英語の「ハイカラー」High Colorがいつの間にかハイカラと変化したといわれる。

さて「~じゃん」であるが、今日では「まあ、いいじゃん」「自分でいいじゃん」
「騒いでもいいじゃん」「何だっていいじゃん」「気楽でいいじゃん」「休んだっていいじゃん」「気楽でいいじゃん」「休んだっていいじゃん」「「普通でいいじゃん」「下手でいいじゃん」「暇でいいじゃん」と枚挙に暇もないくらい使われている。

「~じゃん」にかをつけて「いいじゃんかよ」となるともっと意味が強調されてきて相手にその行為をはっきりと認めさせることになる。

横浜の近郊では、「~だべ」とローカルカラーたっぷりのことばが使われており、この「だべ」は関東地方の広い地域で使われ、時として若者の今風ことばでも「~だべ」と使うことがあるようである。
そうなると、今のことばも結構地方のことばから派生しているのかも知れないと親しみを感じるのである。

21 「系」

私は鉄道ファンなので「系」ということばは古くから用いてきたおなじみのことばでもある。例えばJRの電車の分類に100系新幹線とか113系近距離電車とか用いてきた。
この「系」は一般的に何かを分類する意味で最近は使用されている。何でもあらゆるものを分類するために系を用いている。
例えば、「アキバ系」「オタク系」「なごみ系」「癒し系」「渋谷系」果ては食べ物の「カレー系」とかなど若い人は何でも分類するときに系を使うようである。系の使い方に制限はなく自分でなにかを分類して表現するために用いるためにことばの使い方の制限はないようである。また全体の雰囲気を伝える~っぽいみたいなという感じを系で表現することもあるように思える。

22 「べた」

べたという語源は、どうも新聞のべた記事、つまり最下段の「ありきたり」とか「つまらない」あまり報道価値のない記事をさして言うようである。
それから変じて、最近は「当たり前」とか「無難」とか言う意味に用いられ、いい意味での「王道」常識内とか、常套とかいう意味とも理解されている。

テレビでの使用例

NTVテレビドラマ「働きマン」(菅野美穂)で、親が「早く結婚しろとうるさいのよね」とまゆが言ってるのに、「歳を取ってくるとお見合いしろとかうるさいし」と田中(速水もこみち)が言うのに対して、まゆが「いまどき、そんなべたな人がいるの」といった具合に使っている。
出版業界で、べた記事というのはつまらない、ありきたりの記事というときに用いているようである。

23 「ありえない」

ありえないは、自分が考えていることとまったく想像がつかなかったときに「ありえない」と使うことばである。
以前は、なにか言われて「そんなことありえない」という具合にありえない理由を明確にしていたのだが今は「ありえない」と一言で強調された形に変わってきているように思える。

テレビドラマの使用例

NTVドラマ「働きマン」で、弘子の父が上京してきて、父にあって「お父さん泊まるところホテル頼んだの」といってるのに対して、父は「お前のところに泊まる、お母さんもそういうものだから」と答えたので、弘子はまさか自分のところに泊まることは考えもつかず、一言「ありえない」といっている。
「ありえない」は相当広い意味で使われているようである。

24 「どんだけぇ~」

元はといえば、新宿あたりの夜の歓楽街で使われていたが、その後テレビでおなじみのIKKOが使い始めて、以来拡がって、一般に使われるようになったといわれている。

そういえば、テレビ、ドラマで頻繁に使われるようになってきている。
意味は「どれだけ」という感嘆詞の時に用いるが、また、相手を非難するときにももといられるようである。

例えば、従来だと「ごめん遅くなって」、「どうしても会社ではずせない急用で」と言い訳する男性に対して女性がいろいろいう。、「どれだけ待ったと思うの?」「もい30分よ、こんなに待たせて、もう」、それが、今はすべてを「どんだけ~」という一言で怒りを表現する。
を「どんだけぇ~」と一言で相手に感じさせるような口調で使われる。

テレビでの使用例
TBSテレビ「花嫁は厄年っ」で首都テレビアナウンサー竹富明子(篠原涼子)が一郎に「私どんだけ~したの」という具合に用いている。

25 「~じゃないですか」

従来は、「私は会社員じゃないです」とか「スポーツは見るのは嫌いじゃないです」と言う風に否定または肯定されて用いられてきた。

ところが、最近は~ないですの次にかをつけて~ないですかと言う風にあらわすようになってきてる。
例えば従来ならば「私ってお菓子が好きです」と表現法では、単に卵焼きが好きな事を相手に示すだけであるが、これ好きじゃないですかという表現になると、自分の好きな食べ物を示すだけでなく、ついお菓子を食べ過ぎたときなど、謝る意味もかねてしていたのが「私ってお菓子が好きじゃないですか?」と自分を強調して極端に言えば相手を強く失敗したものを相手に説得させる強調の意味を持っているように思えるのである。
新しい日本語の一つであるといえよう

26 モトカレ、モトカノ、元カレ 元カノ

一番わかりやすいことばでありモトカレ・モトカノは元の、過去付き合っていた彼であり、彼女である。
モトカレは元カレとモトを元と漢字で書くという人もいる。

私が20歳台のときはどちらかといえば親友にも周りにもたとえ付き合っていてもそれをはっきりといわなかった時代であった。

ともあれ今は若者の間で「元カレ、元カノ」ということが出来て明るい開放的な雰囲気で暗さがない。

テレビドラマの使用例

NTVテレビ「CAとお呼び」で、キャビンアテンダント
(観月ありさ)が飛行機に乗っていて元つきあっていた学校時代の彼にあって、同僚に元カレよといっている。
また、TBSテレビ「花嫁は厄年っ」で一郎が
「お前は元かのだ、ただの元かの、それだけ」
と明子に言っているし、明子も元カレだからといろいろな場面で使われている

27 しかとする

三省堂書店の大辞林を検索してみるとこの難解用語が掲載されている。
最近の辞書はかなり現代的な新語・俗語まで幅広く掲載されている。

しかとするとは、花札の十月(もみじ)の鹿が横を向いている、そっぽを向いている、つまり無視していることからシカ(鹿)と(十)するから着ていることは以外であった。

テレビドラマの使用例

NTVテレビドラマ「ハケンの品格」でスーパーハケン大前春子がS&F社に勤務して社員の東海林主任が来て「働かないのか、給料もらってるんだろう働けよ」というのに無視をするので「お前、しかとするのか」とつまり「無視をするのか」といっている。

28 タイマン張る

このことばほど難解と正直に思ったことはなかった。
たいまんということばは怠慢(怠ける)と取られがちだが相手と堂々と勝負を挑む、対するという意味に用いられる。
たいまんを対面という風に理解してみると意味がわかりやすい。
しかし一般的には使われていない。

テレビでの使用例

NTVテレビ「anego」で立ち飲み酒場で「それだったら堂々とタイマン張ったらといっている。

29 ふたまた、さんまた

ふたまたとは、同時に二つのことを掛ける意味で昔から使われてきたことばである。

たとえば「俺、早稲田と慶応二股掛けている」といった具合に大学受験に両方の大学を掛けることを指す。

最近では同時に二人の人を好きになるといった時に用いるようである。

テレビの使用例

NTVのテレビドラマ「働きマン」でまゆが喫茶店で泣いているのを見て弘子が「まゆなんで泣いているの、ああ、田中か、この間二股して、ああ、あれもそうだ健二、三股で浮気の理由を聞いたら逆切れされてそれでも忘れられないといってたああ、あいつのこと」という具合に用いている

30 萌えっ

萌えということばを辞書で引くと萌えるとたとえば
若葉が萌える、生き生きとしているさまを表しているようである。

従来の使い方は、新緑の萌え出ずるというようにあたりが新緑で包まれて生き生きと覆っているという意味で使われてきた。

萌えっが広くあらゆる人に知られるようになったのは
秋葉原のメイド喫茶、コスプレ姿の女の子が「ご主人さま、いってらっしゃいませ、お帰りいなさいませ」
とにこやかに話しかけるところから、アキハバラで萌えっと若い人の間で言われて着ているようである。

萌えっと言うことばは意外に表現することが難しいが
各々個人によって差があろうが、ことばに出来ない心の燃焼してみたいような気持ちを表しているように思えるのである。

31 重い
国語辞典によれば、重いとは

① 目方(重量)が重い 荷物が~
② 動きがにぶい(動作)
③ 気分がさっぱりしない 頭が~ 気分が~
④ 物事の程度がはなはだしい
  容易でない 解決できないなど。
を意味する。

最近は「重い」とか「空気重い」とか全体のその場の雰囲気とか人の状態を指していう。

テレビでの使用例

NTV「anego」でハケンの佳奈が会社に出社してきて
皆だまって仕事をしていると
「どうしたんですか、何か空気重いですね」
といっている。

32  きれる

きれるを三省堂国語辞典で引けば、
切れる(電灯が)切った状態になる(電気を)、はなれる、関係がまったく壊れる(夫婦関係が)
期限が切れる(貸借が)終えることが出来ない(食べきれない)など、実にさまざまな意味で用いる。

しかし最近は抑えていた感情が、腹が立って我慢が出来なくなるとうい意味(障害、果ては殺人にいたるまでのさまざまな過程がある)が一番適していて新聞・雑誌・テレビで最近は日常茶飯に使われている。

また、逆ぎれといって相手と話をしていたら逆に相手が切れてしまったという使い方もあるようである。

33 むかつく

むかつくとは国語辞典ではむかむかする、吐き気がするという意味であるが、最近は自分がいやなことを表現する際にいろいろな意味で使われている。
さらに最もいやだと表現する意味で超をつけて「超むかつく」という意味で用いる。

34 だっちゅうの

ことばには一時すごい流行ったことばがあるが時代とともに使われなくなって死語となったものがある。

90年代に流行った「だっちゅうの」もそうである。
~だっちいうのと本来は使われていたのが同じ意味で
~ちゅうのという具合に使われる。

35 ナウイ

90年代盛んに用いられたナウイはいまや死語となりつつある。
ナウイはNOWといが合わさってかっこいいことの意味に使われていた。
ことばも時代の変化とともに死語となるものが多い。

36 バックれる

バックれるとは「知らばっくれる」の意味が詰まったものでとぼけるとかさぼるとか広い意味で使われている。

ばっくれるはたとえばNTVテレビでは「ハケンの品格」で
東海林主任がスーパーハケン大前春子が無視したためなにばっくれると言っている。
また同じ「anego」で婚約者斉藤から今度和食にお誘いします」と外国からメールが来たのに対して斉藤が女性がいることを知り「斉藤さん、なにバックれてるの」という具合に用いている。

37  きゃら
キャラクターの略で性格、性質である。
略してきゃらという具合に使う
たとえば「お前そういうきゃらか」「きゃらじゃない」とかいう風に用いている。

テレビでの使用例

NTVテレビ「anego」で東京駅で新入社員黒澤(赤西
仁)が奈央子に「今からきゃら変えようと思っても無理です、あねご」といっている。

38  個

~個ということばは~個上、下という具合に用いられる。
たとえば年令を自分は~個上とか下という風に用いている。

テレビでの使用例

NTVテレビドラマで野田奈央子と新入社員黒澤の間でしばしばいろんな場面で用いられている。
黒澤が奈央子を慕う場面で奈央子が「10個上のおばさんからかってどうするの(10歳上)、とか「10個下の子供とでは」という具合に使っている。

39 乗り

三省堂国語辞典によると、
乗りとは乗る(車に乗る)、調子(彼の歌は調子がいい)、乗りがいい(化粧の乗りがいい)という具合に用いる。

最近は、ここから乗ってるとか乗りがいいとか乗ってるとかいうように用いている。

40 マジ

まじとは真面目の略でありまじはもう一般的に拡がって会話の時に最も多く使われている。

まじと「それマジっ」単体で使われるほかに「超まじっすか」(真面目な話ですか)という具合に用いている。

テレビでの使用例

NTV「anego」PART2で、
モンゴルへ赴任していた黒澤が遭難したことを知って奈央子は出かけるのですが途中でばったり黒澤に会い
奈央子は会社であなたが遭難したといって大変なのよ
・・・」と苦情を言ってるのに黒澤が「マジっつすか」と驚く場面でいってます。

41 突っ込み

突っ込みは昔から使われてきたことばで取り立てて話題にすることもないが、いろいろな意味で使われているので入れた。
たとえば「突っ込みいれろ」とか「そこが突っ込み」とかいう風に用いているようである。

テレビでの使用例
NTV「anago」で奈央子がお見合いに敗れて黒澤が心配している場面で「ぼけも突っ込みもなくて悪い、ごめん」といっている。










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NTVテレビドラマ [働きマン」

span style="font-size:large;">少し大きい文字作家のたまご

NTVテレビドラマ「働きマン」
要約
物語は、雑誌豪胆社に勤める松方弘子(菅野美穂)は、恋より仕事を何よりも大切にする編集部の記者で、「私は死ぬときに仕事を充分した」といわせるほどであり、いったんスイッチが入り、働きマンに変身するとものすごい勢いで問題を解決していく。
豪胆社には、新人編集者で仕事よりも自分を大切にする生意気な田中(速水もこみち)、先輩と弘子を敬ってるものよく失敗しては弘子をはらはらさせる渚まゆ(平山あゆ)の二人のほかに、弘子の同期生のこぶたんこと小林明久(荒川良良)、カメラマン菅原など、個性いっぱいの部員がいて楽しませてくれる。
編集長梅宮はこういう編集部を機関車のたくましい勢いで引っ張って行き、部下に采配をふるって週間時代を動かして行くデスク成田は皆から頼られる厳しくもやさしい。

原作は、安野モヨコの「働きマン」で、これをドラマ化したものであるが、原作に沿っているもののドラマとして脚色されている。
全編11話のいずれも胸を打つ温かい人情味あふれた物語となっている。
雑誌社の仕事の様子が鮮明に、忠実に描かれていること、笑いと涙とコミック的な要素もあって実に楽しい、見てさわやかさを感じさせるドラマといえる。

かっての高度経済時代と違って、低成長の今日、誰もが自分の仕事を弘子のように愛している人は少ないかも知れないし、リストラ、ニート、ハケン社員といった労働環境は厳しいものがあるが、このドラマを見て働くこと、また働きたいと希望を持って前進することができるのではないかと思った。

残念ながら、筆者は1、4、7、8、9、10、11話意外は一部見過ごしたが、このドラマはNTVが放送したドラマの中でも傑作といえる。

主演の菅野美穂は、あいのうた(菅野美穂・玉置浩二)でも素晴らしい演技を見せたが、今度は、仕事に熱血的な働く女性を見事に演じきっていて、数少ない本格的演技派女優といえる
いつもは静かに仕事をしているのだが、問題に直面、解決の糸口をつかむとこれまでの何倍もの力を出して猛烈に仕事をこなして行く姿が見るものに感動と勇気を与えてくれる.

あらすじ
第1話
豪胆社雑誌記者はいつも朝、あわただしく身づくろいして朝食もとらないまま駅で新聞を買うと階段を二段とびして発車する電車に向かって駆けてゆくのが日課である。
主人公「弘子」自身が「ベルが鳴るとつい駆けちゃうんです」と告白している。このあたりサラリーマン・OLに共感を与えそうである。

会社のへ道を歩きながら「恋・おしゃれも・健康何事もバランスが必要です」とは行ったものの実際の弘子は、社内で納豆まきを食べながら企画書を見るほどの忙しい毎日である。
誰いうとなく「働きマン」というニックネームがついた。
その弘子はとんでもない新人田中に出会った。

彼はもともと男性雑誌の担当だったのだが半年以前に廃刊になって週刊時代に来たのだった
弘子が書いた原稿を「これ軽くいけていた」といったことから、弘子は「私、風呂にも入らず三日間渾身の思いで書いたのが軽くいけてる」と低い声で言ったほどだ。
皆の顔がきつくなってきたのに田中は、「時代はゴシップ誌」といったものだからデスクの成田まで顔をこわばらせてこの場がきつくなったので、弘子は怒りたい気持ちを抑えて
「面白い、面白いよね」と笑って和ませた。

翌日弘子は、編集長に呼ばれたがあんな太い態度の新人の面倒は見られないときっぱりと「新人田中の教育はいやだ」と編集長に詰め寄ったのだが、逆に弘子の書いた原稿を編集長から代わりに、弘子が書いた企画書通してやってもと弱点をつかまれて引き受けざるを得なくなった。

弘子は新人田中に頼んだ中高年に悩む頻尿の記事をネットで調べて何とかするといったので、思わず弘子は立ち上がって若いのに楽をするな」こぶしで机をたたきどなった。
田中は実は弘子が外務大臣セレブの取材に会ってくれるかどうか、田中が引き受け取り付けたのだった。
弘子はその夜、田中をつれてパーティーの合間の休みに会いたいということで行かざるを得なくなった。

弘子は、田中から「変身とは、女モードですね」と聞かれたのに対して「TPOに合わせて戦闘服も」とかわした。実は前日、田中の歓迎会で「松方弘子は変身するんだよ、働きマンに」といわれてわからなかった。2時間待たされた挙句に星川外務大臣に会うことが出来たが、セレブの日常についての弘子の取材に大臣は、こうして一人ひとり握手をするのも仕事だよ」といって去ろうとした大臣にたまりかねて、「外交とは何ですか」と聞いたが、「君に任せたよ」と一蹴して去った。

田中は、悔しがる弘子に「政治家とはあんなものですよ、楽でいいじゃないですか、俺が書きましょうか」というので、弘子は簡単に努力もしない彼を怒った。
弘子は、田中が何で出版社に入ったか知りたくなって聞いたのに「ブランド」と悪びれた様子も見せずに答えたので、思わず「聞いた私がばかだった」と言ってしまった。
数日後、忙しい弘子は、3ヶ月ぶりに恋人の新二と会う約束をして向かったのだが、タクシーの中で外務大臣の女性秘書から内部告発のようなケータイの会話を聞いて新二との約束をほごにして秘密の話をリークすることに成功した。

すぐに豪胆社に戻り、弘子はテープと資料を成田デスクに提出、編集長が「巻頭差し替え八ページぶち抜き」という声を聞いて弘子は働きマンに変身して締め切り間際に間にあわせるのだった。
弘子はこの瞬間に満ち足りた喜びを感じ、雑誌の売れ行きも上々で、急いで会社に出た。
ところがテレビで、星川外務大臣が記者会見で、国民の皆様への謝罪と秘書の関与をほのめかしていた。
弘子のいる編集部には脅迫まがいのファックスが舞い込んでその対応に皆一生懸命だった
一転、弘子の立場は不利になって、そこで弘子は・・・・・・・・・

第4話
弘子は、まゆと待ち合わせるために、カフェテラスに行き、まゆに声をかけるとまゆは涙を流してないていた。
弘子はなんのことだがわからずに、理由を聞くと一冊の本を差し出して「この夏目先生の恋愛小説がすごく悲しいんです」というのだった。まゆは熱烈なファンでサイン会には必ず行って、将来は先生とご一緒に仕事をさせていただきますといっていた。

弘子は仕事一筋の猛烈働きマンで、プラーイベートな弘子には建設会社に勤務する新二という恋人がいるのだったが、デートの約束をしても、直前電話が入ると仕事優先に新二との約束を取り消すのだった。

そんな弘子が、編集長、デスクから呼ばれて「お前は夏目三好の時代の連載記事担当として仕事を進めてくれ」といわれて、同席していたまゆは、「私のこの企画をどうして私にさせてくれないのですか」と執拗に食い下がるのだったが、二人は「夏目三好の小説を男性路線の時代に連載させて女性路線を開拓しようとした功績は大いに買うが、入社2年目のお前では心細い」といわれて、まゆは、「今まで松方がやっていたザ・仕事人の人間国宝陶芸家糸山正弦の取材をやってくれといわれて大いに失望、弘子とまゆの間に亀裂を感じるのだった。
弘子は新二との恋もうまく言っておらず大いに悩み、まゆは尊敬する大好きな恋愛小説のカリスマと思っている夏目三好の仕事ができず、弘子とまゆは反目するようになっていく。
弘子は恋愛小説の夏目三好に、もともと豪胆社の時代は、男性路線志向であり、困った挙句 豪胆社で夏目三好にこの際、発想を変えて競馬・スポーツなどを扱った話を書いてみるようにしたらどうかと提案するが、まゆはそれを知って夏目先生は恋愛小説でないと駄目なんですと一歩も引かない。
まゆは、仕事をしても夏目三好が忘れられず、弘子が与えたザ・仕事人陶芸家糸山正弦の取材に行ったものの仕事場で大切な大きなつぼを割ってしまい、編集長、デスクから叱責を受けて失望して会社を去った。
一方、弘子は、まゆを庇いきれず自分自体が夏目三好に何をどう書かせたらよいか決まらず迷っていた。まゆが自分を先輩といって頼ってくれてるのに何もしてやれず、悩んでいた時新二から電話があって、翌日二人は久しぶりに海でデートして弘子ははしゃぐのだった。
新二から自分の建設現場で中年のおじさんから恋愛相談を受けて、俺たちよりよほど中年のおじさんのほうがときめいているという新二の話に弘子は楽しそうに笑うのだった。
その時、電話があり、まゆが行方不明という知らせを聞いて、デートを打ち切ってまゆを捜しに行き、駆け回って探した挙句に公園でまゆを発見するのだが・・・・・・・・・・


第9話
レストランで弘子はまゆ、雅美と食事をしていたが、時代に連載された小説54を二人が読んで泣けてくるといって二人とも涙を流すのだった。
弘子はまゆの泣き上戸には困るといったものの雅美まで二人が泣いているのに当惑していた。
雅美から51の連載恋愛小説の担当がヒロなのに恋愛していないんじゃといわれて、弘子は新二に振られたので言い返せず情けないとつぶやいた。
豪胆社に帰るとデスクの成田が夏目三好の小説54の単行本化が決まったと報告を受けてまゆと弘子は小躍りして喜んだが、
弘子は作家夏目三好に電話で小説54の単行本化が決まったことを伝えたが夏目から最終回の続きが書けないといわれて弘子は急いで夏目三好宅に向かうのだった。
玄関で何も書けないと悩んでいる夏目三好に、私もご一緒しますからといって、困っている夏目に、主人公の恋を成就させてやりましょうyといって韓国に行くことを提案、達夫が恋した韓国女性のふるさとを一人で訪ねるということで徹夜の上に完成させた。
こうして社に戻ると販売部と編集部の会議を開き54の書籍化についても決められることになった。
初版は5万部ぐらいかと考えていた編集部に販売部からもたらされた54の初版は2万部という答えに
納得しない弘子は・・・・・・・

第10話
主人公の松方弘子は、寝ていても近くで消防自動車のサイレンが聞こえると、早朝であろうがカメラを手に飛び出して取材に出かけて小火であってほっとするのだが「いかん、職業病が出て」というほどの仕事大好き、働きマンである。
弘子が家に帰ってポストを見ると、金沢の父からはがきが来ていて、新聞を見ると今日の日付になっていた。
今週の時代の校了が済んでほっとするまもなく、成田デスクから時代の20周年記念増刊号のチーフはお前がやれ」といってきた。
そんな時父から電話があって、なんと豪胆社の近くにいると聞いて、編集長と上司に挨拶に行くという父を、二人は出張と会議となんとか誤魔化したものの、近くの喫茶店で父と会うはめとなった。
弘子は実直な公務員の父を敬遠していたが、喫茶店に入って席につくなり「妹が結婚が決まって姉のお前は悔しくないのか」というのだった。
最初から結婚話を切り出されて、返答に窮していた弘子に友達のまさみが声をかけてきて、父を紹介し、同席してもらって話を別に切り替えようと思っていたが、・・・・・・・・・・・

第11話
弘子は、新二との結婚に胸をときめかしていた。
父に引かれて微笑んでいる新二のもとにバージンロードを歩くのだったが右手を捉まれて「離して」というのだった
その時、松方さんという声で目が覚めると、床で寝ている弘子の手を握って身体を起こそうとしている田中がいた。
「なんで田中が」と弘子がいうと、田中は「しきりに彼氏の名前を読んでいましたよ」というのだった。
まゆが「先輩、29歳の誕生日ですね、元彼と復活の機会がありますよ」というのだった。
弘子が仕事をしてると別れた恋人の新二からだった。
久しぶりの新二からの電話で、喫茶店で待っている新二の姿を見て「もしかして復活かも」と胸がときめいた。
新二は、福岡転勤尾話を弘子に話をして、驚く弘子に「福岡港湾開発の
大きな仕事に挑戦することになった」と話をして、仕事の模様を弘子に優しく聞いた後、「今の仕事ずっと続けるのか」と意味深なことを聞いた。
弘子は即答を避けたものの、友人雅美からも「そのチャンスを逃してこのまま歳とっていいの、今だったらやり直せるかも」と助言をした。
数日後、デスクから新しいニュースが入った、小学校の教師の痴漢行為の取材をしてほしい」といわれて、弘子は警察署に取材に行ったのだったが、帰りにSPEEK社の人から声を掛けられて、新しい女性誌「WOMAN SPEEK」を出版するのでデスクとして来ないかとスカウトの話を持ち込まれた。
弘子は、実はSPEEK社のような国際的な雑誌を作ることが夢だったので心が揺れる。
弘子は、皆とこれまでやってきた豪胆社に残るか、新二と一緒に仕事を辞めて福岡に行くべきか、新しいSPEEK社でかねて目標としていた仕事をするべきか、29歳を向かえて大いに悩むのだった。
弘子が思案した挙句に取った行動は・・・・・・・・・・・・・



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物書きは読書するより100倍楽しい

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書くことは本をよむより100倍楽しい

はじめに
自費出版して自分の書を手にして以来、最近書くことは、本を読むよりも100倍も楽しいと思うようになってきました。
それというのも小さいときから絶対、自分の本を書いて誰かに読んでもらいたい、それが一生の願いだとずっと考えてきました。
小学校のときに、「運動会」という作文を書いて学校の新聞に掲載されて講堂に集まった大勢のみなの前で賞を受けました。
それ以来、書くのが好きになって、いつしか、本は書店で買って読むだけでなく、自分の書いたものを誰かに読んでもらうために書店で売ることだと固く志を抱いていました。
1億総作家といわれる時代にあって、とにかく1冊書を書けば、それで作家になれるともいわれているほど、現代は作家志望者が多いようです

僕はそんな気持ちはありませんが、とにかくスタート地点に立てたものだと思っています。
でも、長い間経営コンサルタントで、企業診断とか教育訓練、市場調査で膨大な報告書は書いてきました。
ただ、経営的な論理的な思考性の固い表現をしてき増したので、まったく異なる情緒、感性などをあらわすまったく異なるシナリオ、小説に挑み果たしてうまくかけるだろうかという一抹の不安はありました。

その僕が小説を書くようになった転機は、次のことからでした。
一昨年長年の激務がたたり、体もぼろぼろになり、なんと4回も入院の羽目になりました。
今まで夢中で駆けて来た人生で初めて生死を知って、それで見舞いに着てくださっつた方からノートとボールペンをいただいてそれでベッドでまずシナリオを書いてみようかという気持ちになりました。

入院していて朝6時から夜9時までの時間、いやというほどあるので午前中は心を穏やかにする読書、午後からは時間があり夜のTVドラマも犯罪サスペンスが多く、それで自分のホテル経験を基に、都会のホテルに働く恋人たちを書いてみたいと思い、「ホテルの恋人たち」をなんと13話を設定、あらすじは全部書いたのですがシナリオはやはり60%程度しか完成していません。

僕は多分に韓流ドラマ「冬のソナタ」を観てあの高校時代のぺ・ヨンジュン、チェ・ジュウの純愛に惹かれたのか、人間の美しさを書いてみたいと思いました。
その後、ふとしたとき私の幼稚園・小学校での幼馴染(戦争で音信普通)と20年ぶりに国際線ニューヨーク行きの機内で彼女はCA(チーフキャビンアテンダント)彼はビジネスコンサルタントとして運命の再会をする物語を書いて出来上がりました。

当初シナリオとしてTV局シナリオ登竜門に応募する予定でしたが民放が今年から当分中止するということで昨年12月から小説化して6月完成しました。
こうして1年後の今年7月一冊の小さな本「愛は時を越えて」が文庫本として完成したのです。
現在、作家のたまご・Cafeのある散歩道(NEWBLOG)ブログには以下のような小説、童話をいろいろ公開していますので見ていただければうれしく思います。
★童話「美華のお手伝い」
★童話「一箱のクレヨン」
★長編小説「黒い地下鉄」
★短編小説「雨宿りの幸せ」
★中篇小説「意表」

★「ホテルの恋人たち」シナリオ・現在小説化中
★短編小説「けだるい夏の日」同上
★短編小説「終電車」    同上
★シナリオ「大井田さくらのツアーコン日記」未完成・進行中
★中篇小説「山手線」未完成・進行中
★シナリオ「新浦島竜太郎物語」

物書きのメリット

①物を書くということは、目・耳・鼻・口など、また頭脳などの五感を動かすわけですから心・精神・身体を鍛えることになると思います。
目で見たことをいろいろな視点でとらえ、耳で聞いたことを正確に表現し、鼻でかいだにおいとか口で感じた食べ物の味などを伝えて右脳・左脳の持つ情緒性(喜怒哀楽)・論理性などをいかんなく文章に駆使し伝えることができると思っています。

②自己を文という形で表現できること

人間には、思ってる、考えてることを誰かに伝えたいと言う本能が誰にもあります。それをシナリオ・小説。エッセイという形で伝えることに、読み手に伝えることに喜びを感じると思います。

③さまざまな人間模様を自由に描き出す楽しみがある。

シナリオ・小説はまずどんなキャラクターを持った人物を登場させる書き手に自由にゆだねられています。登場人物の世代、性格によって、自由自在に、またそれが喜劇にも悲劇にも、コミック風とか、に大きく変化させることができます。

④背景・舞台の設定が自由にできる。

登場人物の舞台・背景はそれが歴史的観点で江戸・明治・大正・昭和・平成の今、自由に置くことができます。また、それが日本・外国のいずれにも設定できる面白さがあります。
また、季節(春夏秋冬)時間の経過(朝昼夜)場面(室内、屋外)と言う具合に登場人物の背景が自由にできます。

物書きのデメリット

あえて物を書くことのデメリットについて僕の個人的な考えを述べたいと思います。
物を書いてゆくうちに登場人物の描写が細かくなってあたかもその人物が実在するように考えてしまうことです。
ですからいつも登場人物を描きながら離れていて客観的見方を保たなくてはいけないことがわかります。
これが愛を持った親切な優しい人ならばそれはそれでよいのですが、残忍で殺人を犯したり金と欲望に目がくらむ人物だと心はその人によってですが暗くなるのではないのかと思います。

ですから、あまりに熱中して妄想を抱くようになってはいけないと思います。
たまに人を殺害するTVゲームを見ていて自分もその気になったと言う人がいますが心に悪の気持ちが芽生えたとのだと思います。
僕はコンサルタントの経験を生かして、いろいろな企業内で働く人たちの中にあって心が純粋で明るい愛のある人を気遣う物語りを書いていきたいと思っています。


小説のジャンルについて

一口に小説と言ってもいろいろあります。
いわゆる戦前・戦後の文豪の香り高い文学的手法を用いた小説
ブログの日記が認められて小説、そして圧倒的支持を得て映画化、ドラマ化される
ブログ小説 鬼嫁日記など
ケータイに投稿しまとめて小説とするケータイ小説
日常起き得るさまざまな出来事を軽く描いたライトノベル
など、
今やいろいろな手法や表現を自由に描いた小説が認められる世の中になりました。
誰でも気軽に自分を表現し小説を書く時代が来たといっても過言ではありません。

小説で一番大切にする点

まず、全体のあらすじを書きます。そして書かれた筋に従って物語を進めてゆきますがあくまでもこの段階では荒削りです。
絵で言えば全体の輪郭を書きます。輪郭ですので細かい点はいくらでも修正できます。

第二に僕の場合はあらかじめ物語の登場人物のプロフィールを設定することにしています。

たとえば僕の書いた作品の「愛は時を越えて」がありますが、
登場人物別に細かくキャラクターを設定します。
そしてあらかじめ章を設定し、そこでキャラクターがどういう背景の下で活躍するかを想定し柱立てとします。
シナリオであれば、柱、場面に当たりますが、自分のおもむくままに書いてゆくこともできるのですが、荒削りでもあらかじめ決めておくと、書きもれもありませんし、書いてから今はワープロの時代ですから、まずければいくらでも修正できるわけです。

登場人物のプロフィール
高梨亜理紗(30歳)極東航空チーフキャビンアテンダント
いつも穏やかで人のことを第一に気遣う、穏やかで落ち着きと優雅さを持った女性である。高梨家の祖父、祖母から慎み深さ、貞淑であることを教えられて亜理紗も育った。
CAのチーフパーサーであることから仕事のプロを目指し率先垂範して実践し、同僚・後輩から尊敬される反面、新人の研修は凄まじく鬼の亜理紗といわれている。

錦小路裕彦(31歳)

落ち着いていて真面目な性格である。仕事熱心で責任感を持っている。
幼稚園時代の幼馴染の亜理紗を忘れられない純粋さを持っている。
父は教育熱心であり、語学をはじめ父から教えられて育った。
細かいことにくよくよせず、非常におおらかであり、進んで人を許すなどのいい面を持っている。
高所恐怖症である。

本多木綿子(37歳)

元チーフパーサーとしてCAとクルーの潤滑油的存在である。CAの仕事を暖かく見守り亜理紗をよく理解し信頼している。

伊東葉月(23歳)

新人で、キャビンアテンダントとしては小柄であるが積極的で、彼女の持つ少女っぽいキュートな面があり、明るい性格で誰からも好かれる。いずみと同期生、今風の価値観と個性的で亜理紗とは距離感がある。

後藤いずみ(24歳)

新人で葉月と同期生、葉月とは同期生であるが、生まれが3ヶ月早く落ち着いている。二人はやりあっているが実は一卵性双生児のように仲がいい。短歌をこよなく愛しインスタントに作った短歌を披露し亜理紗が苦手としている。
と言った具合にです。

徹底的な資料収集と状況分析
たとえばこの作品では、昭和17年の幼稚園から小学生まで過ごした幼馴染の想い出をを書くために、記憶をたどってカソリック系幼稚園で二人は聖書劇ではじめて一緒になるのですが、幼稚園から小学校4年生までの想い出を可能な限り掘り下げて、当時の出来事とか生々しい戦争の悲劇を追いかけて書いています。
同時にインターネット、当時の新聞記事での出来事をたどり真実性を徹底的に追究することによって後の20年後の成長した二人が再開して軌跡を追いながら物語を展開させることができます。
次に20年後の再開は、昭和42年頃ですから、当時就航していた航空機を調べたり、当時の世相を書籍・インターネット・新聞などで克明に物語に織り込んで浮行くのです。
その場合、当時ダグラスDC-8が就航していて、まだ今日のような大型ジェット機時代ではなく、それを予表する時代です。それで何度か航空博物館に足を運んでDC-8の性能、機内構造、客室、座席配置、非常脱出口など、またビデオ、雑誌、書籍など、あらゆるものを駆使して調べることによってリアル感が出てくると思います。


シナリオで大切にしていること

僕はもともとシナリオを書くことからスタートしました。
ですから書いた作品を小説化しても映像の面が強く浮かんでくるのも無理ありません。
たとえば「愛は時を越えて」も拙作を読まれた方から読んでいて目に映像が浮かんでくるようだと意見いただきます。
小説は、文学的、抽象的な文言が多い作品もあり、そこから各自が頭に映像として浮かび上がってくればよいのですが、何しろ最初からシナリオを書くことからスタートしたものですからどうしても具体的な映像重視主義になっています。

そこでシナリオとして大切な条件も大切にして小説を書くことにしています。
あるシナリオ雑誌で見たのですが、シナリオ審査委員の方の覆面座談会だったのですが、こういう作品は審査員が注目するという10か条が載せられていました。

①映像が目に浮かんでくること
②せりふは効果的で短めに
③監督・ディレクター・俳優の三者にたった立場から書く
④背景・洋服などの説明は簡単に、見ればわかる
⑤恋愛物ならば最初から始まって5分くらいで予感を感じさせるように、だらだら引っ張って最後にわかるはよくない
⑥CMごとに物語、せりふの山場を作る、見せ所を作る
⑦せりふは今風言葉を活用する。時代が古くても視聴者は今の感覚で見ている
⑧効果的な場面とせりふを作っておく、俳優は台本渡されると自分が一番個性の現れているところに注目する
⑨全体的に自然な流れを持たせる
⑩登場人物の性格を明らかにする、
などが注目点だそうです


小説のジャンル

①伝統の文学小説
②プロレタリアート小説
③時代劇小説
④推理小説
⑤官能小説
⑥サイエンスフィクション小説
新しい小説
①ライトノベル
②ケータイ小説
③NET小説
④ブログ小説
⑤コミック小説

①古典的文学
日本にいつごろから文学的表現の書物があったのでしょうか。
古くは「日本書記」と言われています。
ついで平安時代を経て、清少納言の「枕草子」兼好法師の「徒然草」などがあります。
中でも「枕草子」は当時の女官の日常の出来事を女性らしい繊細な目で書いたものです。
中でも高校時代に学んだ「枕草子」はその叙情的な美しい表現がいまだに記憶として深く刻まれています。
鎌倉時代に完成した平家の隆盛で華美な姿と壇ノ浦の戦いで滅没するさまを描いた「平家物語」など、江戸時代に入ると華やかな町民文化が到来しまた商業も発展したことから井原西鶴の「当世胸算用」は商いをどのように行い成功させるかを細かく書いた書物としていわば、経営学の創始者ともいわれており注目されます。また当時の華やかな浮世絵文化を描いた「好色五人男」があります。

①伝統的文学小説
これは、明治・大正・昭和時代に生きてきた香りの高い文学的手法で書いてきた文学者です。

明治時代
森鴎外・二葉亭四迷・樋口一葉(初の女流作家)徳富蘆花などがあげられます。
異色は樋口一葉で貧乏だった自分の生活をモチーフにした「たけくらべ」で僅か27歳でこの世を去っています。

大正時代
有島武郎・坪内逍遥・徳多秋声・石川啄木などがあげられます。
中でも石川啄木は東北の貧しい農家の出身で昭和初期の東北地方が度々冷害に見舞われて不作となった時代の生活ぶりを描写しています。石川啄木は「働けど働けどわが暮らし楽にならず・・・・じっと手を見る」と歌ったことはあまりのも有名で当時の日本の農業の大地主制度の搾取・米作中心の不安定な要素を抱えていたからにほかありません。

昭和時代
川端康成・谷崎潤一郎・堀辰雄・太宰治の戦前派から戦後はきら星のように伊藤整・佐多稲子・高見順・井伏鱒二・三島由紀夫・井上ひさし・松本清張・最近では村上龍など優れた作家を輩出しています。

川端康成の「雪国」「伊豆の踊り子」は美しい日本の光景を背景にきわめて叙情的に物語りを展開していて世界的に日本文学が認められました。
その反面厭世的な世の中を背景を描写した太宰治の作品「人間失格」「グッドバイ」があります。

作家を目指す人は、谷崎潤一郎の作品を読むことがいいとある審査員は述べています。谷崎潤一郎の代表的作品は「細雪」ですが、いまだに恥ずかしいことながら見ていませんので文学を語る資格はありません。この当時の文豪の作品を読むことは日本文学を築いてきた方だけに必要だと思います。

最近では芥川賞・直木賞・などの作家の登竜門の受賞者もぐっと年齢が若返っています。
因みに最近芥川賞を受賞した金原ひとみ「蛇にピアスを」はわずか19歳です。また、直木賞として、綿矢りさの「蹴りたい背中」があるが、従来見ることのなかった若年層(高校生年代層)にまで拡がってきていルナ度、新しい時代を感じさせる。
今年度の直木賞は森絵都の「まほろば駅前多田便利軒」三浦しおんの「風に舞い上がるビニールシート」です。芥川賞は伊藤たかみの「八月の路上に捨てる」となっています。

②プロレタリアート小説
大正時代になると、国家が主体となって近代化のひずみが現れて低賃金で搾取される労働者の抵抗が現れて、当時の劣悪な労働条件を表わした「蟹工船」が有名になり作家の小林多喜二が有名になりました。

③時代劇小説
時代劇小説はほとんど知識がないのですが、日本の忠実な歴史を再現したものとかとか当時の偉人を描いた小説、当時の庶民の生活を描いた小説、またたび物の小説があるようです。

当時の偉人を描いた小説家としては、大仏次郎・吉川英二が上げられます。
吉川英二の「徳川家康」はあまりに有名です。当時NHKラジオで徳川無声の連続小説「徳川無声」は全盛を風靡しました。

当時の庶民の生活や侍、奉行の行動を描いたものとしては、
山手樹一郎・山岡宗八・池波正太郎・などが上げられると思いますが詳しい知識がなくてごめんなさい。

③推理小説
推理小説の元祖は、まずなんと言っても江戸川乱歩でしょう。
江戸川乱歩はいまだに高い評価を得ていて少年から年輩者まで広い層で読まれているようです。
その手法は今でも新鮮で奇抜な発想で読むものをひきつけてしまう魅力があります。
さらに、推理小説の面白さは物語りはきわめて論理的に組み立てているものの真の犯人が誰であるか、最後まで読者がハラハラ、ドキドキした気持ちで興奮して、結末はまったく想像もし得なかったことが待っているといったところでしょう。

戦後派としてはなんといっても松本清張に留めをさすでしょう。
戦後の不可解な事件を探った「帝銀殺人事件」をはじめ日本の政界を抉った「日本の黒い霧」巨大金融の「日本銀行」そのほか「東京大学」などがあります。
また完璧なアリバイを崩して犯人を時間と線でたどって追いかけた「点と線」などがあります。
なお、松本清張の作品については下記サイトを見るといいでしょう。
http://dennoutosi.seesaa.net/

⑤官能小説
戦後荒廃した世相の中にあってその日を生きてゆくさまを描いた田村泰二郎の「肉体の門」があげられます。

⑥サイエンスフィクション小説
代表的作家は
小松左京・星信一などがあげられます。
星新一の代表的作品として「ポッコちゃん」「マイ国家」長編小説「きまぐれ指数」などがあります。
同時に一般の人を対象に「ショートショートストーリー」を公募して新人の発掘を行いました。
小松左京は星信一とともに本格的なSF作家で「日本沈没」「首都焼失」などが上げられます。

時代は2000年を超えてからは、コンピューターの飛躍的発展、中でもインターネット、ケータイ電話の技術の飛躍的発展により、従来考えなかった5つの部門が発展して誰でも気軽に小説家を目指すことが出来るようになったということです。
会話の表現も今風の感性的言葉が使われています。

僕が書いた小説も「愛は時を超えて」短編小説「けだるい夏の日」「終電車」もある面では登場人物の会話の面白さとちょっとした表現で微妙に変化する人間の心理の変化を掬いあげています。これなどは僕が最初シナリオからスタートしたので、私のこの一言わかって欲しいというドラマの会話の面白さを書いているつもりです。
中には最初から登場した主人公、ヒロインが最後に結果がわかるのはよく言えば王道、悪く言えば「ベタ」で面白くない」もっと強い女性でなければという意見も見られますが、たとえばNTVの「あいのうた」でもヒロイン「あい」が育った不幸の環境の中で、ガンを宣告されて余命いくばくもない子連れの片岡優二に恋心を抱いていることに終始変わりなく、また、最近放映されたドラマ「働きマン」でも仕事一途に男顔負けのすさまじい猛烈に仕事をやってのける強い弘子が恋人新二に会うと「好きです」と一言も言えない繊細な心を持った女らしさを見せて、最初から恋人は新二でそれ以外には振り向きもしないそんなピュアーな愛が好まれているのも真実です。
また、最近純愛物が復活していて、男女いずれかが死の宣告を受けて生きている限り力強くいきていこうという実話・物語がありますが、これらも最初からある人と出会いそして同じ人を命つきるまで愛して行くという物語、映画が人気になっています。
この二つの作品のように女性の弱さを見せるがゆえに強い部分も引き立ってくるのではと思います。
一方では最初の部分と最後の部分がまったく読者が想像することは不可能な小説も最近多くなってきていますが小説には両方あってよいのではないでしょうか。
ただ、推理小説との区別をする必要があるのではないでしょうか。

従来の伝統的文学では考えられなかったこれらの部門である日テレがコミックとして、小説として発表されると爆発的増刷でたちまち50万部で、それをドラマ化、映画化されるようになってきていて、何が読まれる基準なのかわからなく不透明な時代であると難しさを主張する出版社も出てきている有様です。

①ライトノベル
僕の考えですが、楽しく明るく読める軽い読み物という意味でライトノベルという名前がつけられたのではないかと思います。
この小説は従来の文学的表現にとらわれず、見てみるとシナリオのように会話の羅列されたところがありますが、シナリオと従来の小説が合体したのではないのではないかと思っています。僕が書いた小説も「愛は時を超えて」短編小説「けだるい夏の日」「終電車」もある面では登場人物の会話の面白さとちょっとした表現で微妙に変化する人間の変化を掬いあげています。これなどは僕が最初シナリオからスタートしたので、私のこの一言わかって欲しいというドラマの会話の面白さを書いているつもりです。

②NET小説(HP・ブログ)
これらの範疇としてインターネットのHP,またはブログで自分の作品を掲載して皆に見てもらうことです。
特に小説は自分で書いていてどこがよいかわからなくなることがまだありますので読んでもらってコメントをしてもらうと客観的に判断ができて励みにもなるようです。

因みに最近はブログの小説・日記がある日映画化・ドラマ化されることが多くなってきてます。
怖い嫁の言動をユーモラスに綴った「鬼嫁日記」電車内のちょっとした事件をブログに書いてそれが評判になって投書を元にした「電車男」は映画化までされました。

➂自費出版文学
一億総著述家といわれる今日、新しい潮流に自分の思いをエッセイ、小説、詩、短歌、俳句、童話、さらに写真、絵画にして出版する自費出版が脚光を浴びつつあります。

一方、最近は活字離れでかわってコミックに人気が集まって中にはたちまち何十万部という驚異的な販売冊数を記録することがあります。そしてそれが視聴率の増加につながればということでいきなりTVドラマ化、映画化される例が多くなってきています。
たとえばつい最近もNTVの「働きマン」「ごくせん」「女王の教室」TBSの「CAとお呼び」フジテレビの「のだめカンタービレ」などがコミックのドラマ化されたものが放映されている状況です。

もの書きとして目指す点

もの書きとして目指さなければならないことは、いったん書き出したらその作品が完成するまでは終わりまでずっと書き続けることが大切だといわれています。
決して途中で投げ出さずそれを最後まで貫く忍耐力・持久力・探究心が大切だと言うことです。とは言っても書いてて途中で指が進まなくなってしまうことがあります。

出来るだけ沢山書くこと

もの書きとして表現とか情緒とか、感情の表現とか大切なことは沢山ありますが、どんな下手な人でも原稿用紙に1千枚くらいを目標にして書くと自分の伝えたい言葉が自然に出てくるようになるそうです。
僕も昨年からシナリオ・小説・エッセイなどをこの1年間といにかく書き続けてきたので小説にしてもボキャブラリーが豊かになっていろいろな表現が出てくるようになったと思っています。

情景に敏感であること

一口に小説につきものの情景といっても自然の表現がたとえば夕方を表わすのに「茜色の雲」とか「心地よいそよ風」とか当たり前の言葉で表現していてはもの書きとしては落第とある審査員は言ってました。
風といえば20種くらいの表現がなくてはいけないそうです。
夕日の表現でも天気・雲によって時間の変化によって違ってくるので、色彩辞典を持っていることが大切だそうです。
二人は海辺で茜色に染まった雲のある夕焼けを見て「きれいだね」といつまでも寄り添っていた×
二人は海辺でオレンジ色に染まった夕陽が黄色・紫やがて濃い灰色に変わってゆく
雲の色を見て「きれいだね」といつまでも寄り添っていたの方がよいのでしょうか。

同じ言葉で締めくくらないこと

これは文の終わりが「遅く来てごめん」と言った、「私何分待ったと思う」と言ったとゆう具合に「言った」「だった」など同じ文言を羅列しないことです。
この場合「言った」「だった」と過去形文言を使用すると物語そのものは継続的動作なのにあたかも長い麺がぷつっと切れてしまって冷たい平板な感じになってしまうことに最近気がつきました。

現在進行形の「~している」「感じる」「遊んでいる」という形の文言を挿入することにより全体としての文体が引き締まってきます。
登場人物のそのときのなぜそういったのかを考えてみることが必要だと思います。
これは最近僕が言ったの羅列をしていていえないんですけど、果たしてこれが皆に読んでもらえるだろうかを真剣に考えるようになって書店で文庫本を見て今頃にして気づきました。

物語に意外性をもたらせること

読者が小説を読んでいて、読み進むうちに読者が考えていなかった意外なこととかどんでん返し的な手法が読者の興味を誘うようです。
意外性とは読むものは最初の部分をよんでいるうちにすでにこれはきっとこうなるのだろうと頭にイメージつけてしまう傾向があるので読んでいるものの想定と違った結果を表わすことにより読む人の気持ちを高めることが大切と思っていますが、実際書くとなると非常に難しい部分です。


今風若者言葉も時には必要

物語りを書く場合、いつも正しい言葉が大切とは限りません。
登場人物によって30台の男女と20台の男女の場合、年代の相違を明確に表わすには言葉の相違によって表わすことが効果的だと思います。
あるシナリオ教室では受講生にテーマを与えて書かせるんだそうですが、50台以降の人は丁寧なザーマス調で書いてるので、先生が若者言葉がわからなければ大勢の若者が集まる渋谷などへ出かけて街を歩き感覚を掴んで来いというそうです。
場合によってはドラマをDVD・ビデオなどで収録しそこから20台の若い人たちの言葉を研究することもいいかも知れません。



原稿用紙かPCか

よく作品を書く場合原稿用紙かPCかどちらがよいかが議論の的になるようですが、僕の経験から見るとどちらも一長一短あるようです。
原稿で書き物をするとPCと異なってとにかく何百ページと言う作品をペンで書くわけですから一句一字間違ってはいけないことになり、神経を集中させてわからない字を辞書で調べる必要があります。
もし、誤まった字とか書きながら何節かを付け加えたりすると極端な場合は最初から書き直す必要があります。

僕もはじめて原稿用紙に150ページ分を書きましたが最初にきれいな乱れない字が書けても最後まで字を一糸乱れずに書くことがいかに困難かを実感しました。
物語りを途中から書いたり書けるところから書いていくことは出来ないようです。
PCがこんなに発展している世の中でいまだに原稿用紙で応募すことが条件付けられているのを見ても原稿用紙の重要性がわかると思います。

一方、PCで指でキーをたたいて作品を書くということは原稿と異なってどこからでもかけることです。初めから、または途中から、最後から思いついた構想をメモに書いていてそれをやがて作品に高めていくことが出来ます。
また早打ちをして作品を描いてゆくことが出来ます。
PCは該当漢字がいろいろと出てきますので正確な漢字を調べないで書いてゆくので誤字が出てしまいます。

またPCで書くと時折ここが説明不足とかもっと情感を高めなければとかいうことで挿入が多くなり、甚だしいときは当初意図していたこととまったく異なった作品になってしまうことがあります。
その結果いつまでも作品が出来ず修正に固持してしまうことがあります。
一方、原稿用紙だと一度書いたものは挿入・訂正が不可能なので書き終わったもの、すなわち完成品ということです。

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物書き手帳➀ 「小説は最初と終わりが一番大切というが

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もの書き、特に小説を書く時には、はじめの部分と最後の部分がもっとも大切で、そこに作者の凝縮された気持ちが現れていて、これから大体の内容が推察できること、登場する人物がどういう軌跡をたどるかが想定されなければならないという作家、評論家がいうがこれは非常に難しいことである。また、最後の部分も書く小説が花を持たせる部分でなければならないとは思う。
それは、壮大なオーケストラの荘厳な調べと一糸乱れぬ一人ひとりの手腕がこれらがまとまってこそ、演奏会を聞いた感激が伝わってくるのだと思う。
小説もまた、最後が終わりに、いうなれば最初から展開されてきた物語の流れが終わりに余韻となって読者に深い感銘を与えなければならないことは容易に理解できる。

さて、文を書く場合に、~している、見ているという現在進行形、~した、見た。思ったという過去形と~しているのだったという過去形で断定している書き方、また~なのだろうという疑問文をどこの部分で使い分けるかが非常に難しいと思うのである。
最初、はじめの部分で5分ほど読んで、読者がその展開に引き込まれてずっと読んで見たくなるような細かい設定がなされていなければならないのであろう。
終わりの部分が最近気になって、家にある小説を読んでみたのだが、
例えば、
山本甲子「ALWAYS三丁目の夕日」
この子がこれからも○の中の○○を見つけることができますようにと祈った
吉田修一 「東京湾景」
~が、○○○を真っ直ぐに、今、○○の方へ泳いできている
林真理子 「anego」
その○○がちの大きな○は確かに○○○のものであった
村上冬樹 「海辺のカフカ」
そして○○歳の○○さんがこの部屋に戻ってくるのを待つ(上巻)
江国香織 「号泣する準備はできていた」
大好きな○に電話口で~を言われても、ちゃんと○○を保っていられるように
など、
森絵都  「アーモンド入りチョコレートのワルツ」
私は~のように、生きていけるだろうか?
恩田隆  「夜のピクニック」
少年は○○に向かって、一目散に駆けてゆく
内田幹樹 「操縦不能」
○○は暗い空に向けて○○いく光景を~しながら、夜の○○を後にした

多くの小説が~したと過去形で終わりの文書を占めているのだが、中には疑問文?、進行形で閉めている小説も見られる。
そこで、僕は「愛は時を越えて」のフィナーレの最後の締めくくりで
亜理紗と裕彦はずっと抱き合っているのだった。亜理紗は、次第に涙がこみ上げてきて泣くのだった
と過去形をさらに強調した「だった」を使ったが、背景が20年ぶりという長い年月を経てやっと再開したという想いを強調して締めくくったのだが、
もし、進行形で
亜理紗と裕彦はずっと抱き合っている。亜理紗は次第に涙がこみ上げてきて泣いている。夜更けとともに薄い乳白色の霧がゆっくりと二人を包んでいくことも知らないで
で終わらせるとどうだっただろうかと悩むのである。




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