FC2ブログ

文学談話室

おもにシナリオ脚本を中心に小説・音楽・旅行記など書いています

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

長編小説 新連載「東京23区 男と女の物語」 (千代田区)

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ



東京23区男と女の物語
東京にはいろいろな顔があります。その中で23区は実にいろいろな個性を持っています。

その23区は政治・経済・ビジネスの中枢機能中心の千代田区

商業施設が集まるとともに江戸のよさ、伝統を残している中央区

最近まで緑いっぱいで畑も残ってる農業らしさを残している練馬区

中小企業の集まった人情のある下町、また高級住宅がある山の手のたたずまい、二つが同居する大田区

このような東京23区で起きる男と女の物語を書いて行くつもりです。

どうかよろしくお願いいたします。


東京都千代田区、東京の中央に位置する面積わずか11,1kmの人口は約4万2千人であるが、昼間はなんと
2、374倍という途方もない人がここに集中し働いている。

第1区 ひと時の邂逅  (千代田区)

富田慶三郎は丸の内の新世紀商事(株)の経営管理部長だ、ある日、ハケン社員がやってきて
主任の柳内と面接に向かうのだが、二人のうち、富田優美、それは5歳の時に妻と離婚して30年
会いたいと思っていた自分の娘だった、二人は・・・・・・

富田敬三郎は東京駅から歩いて5分の新世紀商(株)の総務部長だ。
従業員5万人を擁する新世紀商事は総合商社であって
55歳にして経営管理部長の席を手に入れた。
60歳が定年と定められているので、会社の要職とはいえ、富田にとってはあと一歩で定年のない役員に昇格するか、それともあと5年で定年、あとは嘱託待遇か関連会社出向か、サラリーマンなら誰もが二つの岐路に立たされるが、自分で決定することの出来ない苛立ちを感じ始めていた。

そのため、自分自身でもこうときどき思うことがある
「昔はもっと覇気に満ちていて正論を吐き、ブルとーざーのようにたくましく猪突まい進していたのだが」、
最近は上司にはただ頭を下げてすべてに迎合するようになっていた。

「おはようございます、ハケンの面接があります、部長もおっしゃっていた通り二人控え室に来ていますのでどうぞよろしく」
新世紀商事でもかってのバブル好景気が去ってしまって国内需要の低迷によって人件費が安く弾力的に運用できるハケン採用の道をとっていた。

「わかった、会おう、パソコンスキルが高いといいんだけど」
「部長、そんなこといっては居られませんよ、だって部長のデスクの上のパソコンほこりかぶっていらっしゃいますよ」
痛いところをついてくる柳内さつきは入社8年の大ベテランなので言うことも厳しい。

部長はさつきを従えて室を出て行き右側の控え室のドアを開けて中へ入った。
向かい側のドアを開けると二人のハケン女性とハケン会社のサブマネージャー村沢が待っていた。

「どうもお持たせしました」
「失礼します」
二人が丁寧に頭を下げる。
「サクセスマネージメントの村沢です。要請に応じて今日、私どもにハケン登録している富田優美さんと小岩井文香さんをお連れしました」

そう紹介があって顔を上げた富田は
「あっ」
と大きな声をあげそうになって驚いた。
その顔は5歳の時に妻と離婚した富田優美の面影があったからである。

富田は向かい側の左側に座っている富田優美、本当は実の娘かも知れない女性に
「パソコンはどの程度おやりですか?」
と聞いた。
サブマネージャーの村沢が
「ちょっと待ってください」
といいながら黒い皮のカバンを開けて
「彼女はパソコンはもちろんのこと、情報管理士1級の資格を持っています」
とさらさらと読み上げる。
富田は5歳の時に妻と離婚して以来ずっと娘に逢えなかったのでこんなことで娘と再会することが信じられなかった。
質問しながら
5歳の時に別れたんだもの、顔ははっきり覚えていないけど、唇の左右に小さなほくろが、笑うと小さなえくぼが、耳が小さいしと心の中で一問一答をしながら
○×をつけていた。
富田は思いあまって
「富田優美さんとはどこかでお会いしたような気がしますが」
といってしまった。
彼女は
「お会いしておりませんが、富田優美という名前はほかにもありますので、失礼しました」
と反論した。


「右側の方は名古屋静子で簿記1級、パソコン1級で御社の重要な戦力になると思います」、
それぞれ自己紹介があったあと、経営管理部に二人を連れてきて冨田は
「おい、聴いてくれ、今日からハケンのお二人をお迎えして、富田優美さんと名古屋静子さんだ、皆わからないことは教えてあげてくれ」
紹介しながら20年以来あうことが出来なかった自分の娘がしかも同じ会社の同じ経営管理部にいる。
なんという巡り会わせだろうか。

富田は、「ちょっと」
と柳内さつきを呼んで通路脇の会議室に入った。
「ど、思う、あの二人」
「部長、私に聞くのですか、ご自分がおきめになることでしょう」
「まあ、そうだけど」
「どうしてもというなら最初からやろうという気持ちがあるハケンを見た目できめてはいけません」
「その通り、柳内さんは頼りになるし同じ女性の目から見て」
「では、もう一つ、富田優美さんですけど、部長のお顔に似てらっしゃって」
「やっぱり、そう思うかね」
「部長、何か」
「いや、何でもないよ、ありがとう」


富田は、目の前に自分の娘がしかもハケンで今日から働いている。20年間いやそれ以上、娘が小学校・中学校・高校・・・そしておそらく大学へ、そんな父がずっと思い続けてきた娘への思い、今ここに実現しているが別れた妻の子で長い間の年月が大きく壁が立ちふさがっていた。

二人はパソコンを使って集計をを行っていた。
気がつくと、12時を指していた。
「富田さんに名古屋さん、一緒に昼食しよう」
「部長、私たち、二人で」
「なあに、今日だけだよ、今日からうんと頑張ってもらわないと」
「ありがとうございます」
「ただ、カレーだけど」
彼の方針だった。ハケン社員が彼のところに配属されると仕事への励ましで必ず一緒に昼食をともにするのをずっと以前から行ってきた。
会社は労働派遣法の改正によって正社員・契約社員・ハケン社員・アルバイト社員に分かれて各々の立場からの違いとかいさかいを調整し、組織と人間関係を円滑にするのが部長の役割になっていた。

20階の社員レストランからは日比谷から皇居、お堀そして大手町遠くは新宿まで望むことが出来る。
二人は、部長の顔を見ながら運ばれてきたカレーに舌づつみを打っていた。

「おいしいですね、このカレー」
「よかった、喜んでもらって」
そんな会話が続いたあとに、右側にいた名古屋静子が
「あの、私ちょっと母に頼まれたことがあって、ごちそうさまになりました」
といって席を立って入り口に歩いていった。

あとには富田と優美が残された。
彼は、ハケンの名古屋が居なくなったので優美に聞いてみたかった。
こういう話は二人きりにならないと出来ない。
「あの、僕はあなたをどこかで、小さい時に見たことがあるのだけど、ほら5歳の時」
富田は優美の顔を見つめながら聞いた。
彼女が自分の父であること、誰も廻りにいなくなった今こそ実は、私は、お父さん、パパと呼んでほしかったのである。
富田は優美の口元を見つめていた。
唇がかすかに動いていたが
「富田部長、あの、私・・・・・・・・」
彼は胸がどきどきしていた。
20年間もはなれていた自分の娘が、
「なに?」
「じ、実は私・・・・・・」
優美はそこから口ごもった。
その先を聞かせてくれ、優美
「大変失礼しました、富田優美は部長とは関係ありません」

「そうか、ごめん、富田優美さん」
彼はそういってカウンターで3人分のカレーを払いエレベーターで7階の経営管理部に戻った。
二人のハケンはなれた手つきで部門別販売。支店別販売などをどんどんエクセルで処理している。
学卒の三人が
「ちょっと、あの子たち早いわね、私たち」
「今に仕事持ってかれちゃうよ」


こうして今日も陽がくれて6時を指すと
「さあ、帰ろう、帰ろう」
「部長、お先に」
どんどんそういって帰っていって部長と主任のさつきと優美が残っていた。
「さつきさん、富田さん今日はこれでいいから」
「そうですか、お先失礼します」
優美が去ったあと、
「部長、あの富田優美さん、娘さんだったらどうするのですか」
「どうするって、僕には25年前のことだし」
「それに、明日も富田さん来るし」

「部長、何を言ってるんですか、優美さんだってうちの会社で突然会って、きっと悩んでるんです、さあ、早く彼女のあとを追いかけてください」
机の上の物品を引き出しに閉まってパソコンスイッチを切って柳内は帰っていった。
富田は、室内の電気を消して暗い廊下を歩きエレベーターに乗って1階ロビーの受付嬢から
「ご苦労さまでした、部長」
の声を受け止めて正面玄関から表に出た。

前方百メートル先には優美がゆっくり歩いていた。
富田はどうしてももう一度聞きたかった。
急いでそのあとを追っかけて走って行くと優美は突然立ち止まった。
「富田さん」
優美はその声に振り返り、
「お父さん、お父さん」
と悲しそうな顔をして二度呼んだ」
「やっぱり、優美、私の子だな?」
「お父さん、私、どれだけお父さんを」、

富田は優美が5歳、まだ物心がつくかつかぬか、そんな時に妻と離婚して以来、今日まで娘のことをいつも想い続けてきた。
でも、たった生まれてから5年間だけ、そんな短い月日のことを娘は覚えていてくれてるだろうか
「どうだ、食事でもしよう、ご馳走してあげるから」
父と娘、優美は黙って左右の暗いビル群を後にしながら東京駅丸の内口に向かって歩いた。

丸の内ホテルに入り2階のレストランに向かう赤いじゅうたんの敷いてある階段を登った。
入り口でウエイターに二人で静かな部屋で話したいことを伝えて、奥の別室に案内された。

赤いレザーの椅子に二人は向かい合って座った。
「お食事はなにに」
メニューを置いていった。
「お、お父さん、会えて優美うれしいです」
「優美、私もだよ」
5歳の分かれた時には優美はまだ幼稚園生でピンクのワンピースに白い首の周りのレースのお人形のような子だった。

その優美が今、大きくなって目の前に居るのだ。
彫りの深い顔に高い鼻、大きな澄んだ瞳、二つの小さなほくろ、何よりも優しい微笑み、落ち着いた花模様のカットソウ、その上にベージュの短めの上衣に黒い長いパンツ姿、若いときの恋人に出会ったような一種のときめきさえ感じていた。

「どうだ、お母さんは元気か」
「ええ、元気よ」
「今、何をしてるんだ」
「ああ、ママは、お父さんと別れてから苦労して今は絵を生かしてイラスト書いて、賞をもらってから千代田区の広報のイラストも書いてんの」

「優美はいつ資格取ったのか」
「ああ、資格、学卒でも片親のせいか最後の面接で断られて、このままではと思い、やっと情報管理士の資格とって、その第一号がお父さんの職場っていうわけ」
「そうだったのか、学校も千代田区、それに小さいけどマンションに住んで、二人で千代田区のお世話になってるっていうか、税金も千代田区に払ってるしね」
娘は明るい声で彼に話しかけてきた。

「そうか、お母さんも頑張ってるんで安心したよ、ところで優美いくつになった」
「25歳よ、まだ若いし、でも来年はぎり若いって言われるかも」
娘、優美のはじけるような話に父は微笑んでいた。
「優美と別れたのが5歳の時、あれから30年も立ったんだなあ」

優美は、ステーキをフォークでさいの目に切りながら父の顔を見つめながら哀調味を帯びながら、
「ねえ、お父さん、ママも歳取ってきて仕事が忙しい時には家にもって帰ってイラストパソコンで打ち込んでるんだけど・・さびしそうなの」
「優美、お父さんどうしてるんだろうね」
寂しさを湛えるようにため息をついている母の姿を伝えてきた。

富田は自分と同じように歳を経た妻の顔を思い浮かべていた。
優美は
「ねえ、お父さん、ママも時々パパはどうしてるのかしらねえ」
と私に聞くの。
「ママも戻りたいようなこと言ってるから私、二人の仲裁役になってあげようか」
「えっ、優美が」
「ところでお父さんはどうなの」
「お父さんか」
思わずため息が出そうになった。

富田は妻が優美と一緒に家を出てから10年間辛抱強く待ったのだった。
しかし、親戚の片岡が
「いつまでも一人では、奥さんも考えてるかも知れないけど5年待ち続けたんだろう」
「ええ、それはそうですが」
「あんたも40歳、課長になって何かと一人じゃ、これから会社の仕事も」
そう薦められて10歳違いの子供二人を連れた農水省に勤務している女性とお見合いをして半年後に再婚したのだった。
そんな一部始終をよりをママと戻そうといっている優美に話せるはずもなかった。
ことばが詰まってしまった。

優美がせっかく30年前別れた妻とよりを戻してもう一度再婚して、自分が仲裁役になるといった気持ちを踏みにじってはいけない、少なくとも今夜本当の話をするべきではないと思っていた。
父は、話を変えなければと思って
「優美、幼稚園でお遊戯やってたときのことを覚えているか」
「私、覚えているよ、目の前でビデオ撮ってくれたことも」
「覚えていてくれているか」
「ええ、ママが時々これがあなたのお父さんといってビデオ見せてくれるの」

翌日、二人のハケンは9時前には出勤していて、富田優美も名古屋静子も始業前の体操をしていた。
昨日は親子として話した父と子が今日は上司と部下の間柄である。

優美は体操が終わると給湯室に行って経営管理部の皆のお茶を一つ一つトレーから机においていたが
「富田部長おはようございます」
丁寧にお辞儀をしてお茶を机に置いて自分の席に座った。
富田は自分の娘がすぐ側の机にいてすごい速さでデータをパソコンに打ち込んでいる。
二人のハケン社員に富田は公平に仕事の割り振りをするように主任の喬木を呼んで依頼した。

公正に二人を見なければと思いつつ冨田は、時折優美、自分の娘を呼んでいた。
「すまないけど、午後の会議資料字句を訂正してコピー30部してくれないか」
「かしこまりました、部長」
父と子はビジネスライクに仕事をこなしていた。

あわただしい中でお昼休みになった。
優美はつくえから振り返り父を見た。
「富田さん、昼休みぐらいゆっくりしなさい」
そういって忙しそうに部屋から消えていった。

後ろでケータイが震動音を鳴らしている。
優美は振り返った。部長の机ににケータイが残されていた。
「電話だ、っていっても誰も居ないか、父のケータイを見るのは」
親子といっても昨日30年ぶりに会ったばかりだ、でも父に掛かった電話なら
そう思って急いで部長席にあるケータイを取り上げた
「はい、こちらは新世紀商事経営管理部ですが、どちらさまでしょうか」
「いつも主人がお世話になっています、居りますでしょうか」
優美は、なに主人、お父さんすでに再婚してるんだ
頭に血が上ってあまりにも突然でふらつきそうになった。
「富田は、た、ただいま席をはずしています」
やっとこれだけしか言えなかった。
ケータイのスイッチを切り、メモに
「富田部長、奥様から電話がありました」
乱れた震えた字で書いた後、
「嘘、嘘、こんなばかな」
涙が出てきて、部屋を出てからただ夢中で走ってエレベーターに乗り1階、ロビーに出た、昼休みとあって隅に置いてあるソファには社員が座って楽しそうに歓談している。
今にも泣きそうな顔を唇をかんで我慢して外に出た。
私は昨日、一生懸命になってお父さんとお母さんの仲裁役をやろうといったのに、
走って走って走りぬいて二重橋の見える広場にいつの間にか来ていた。
私はなんなのよ、30年掛かってやっとハケンで運命の再会を遂げたのに、私はお父さんにとってはもし子供がいたら先妻の子なの
悲しくて切なくて優美は広場の砂利道に足を投げ出して座って泣き続けた。、
「お父さんのバカ」
私はなんなのよ、30年掛かってやっとハケンで運命の再会を遂げたのに、私はお父さんにとってはもし子供がいたら先妻の子なの
悲しくて切なくてこらえていた涙がこみ上げ優美は広場に座って泣き続けた。、
「お父さんのバカ」
優美はこんな悲しいことってあるの、お母さんがお父さんのこといつも噂してるのに、私は目に見えないお父さんのことをずっと考えてきたのに、幻だった父がやっとハケン社員で目の前に居る。長い間望んでいたことが、やっとお父さんと一緒に、しかも部長で会社でも期待されている、お父さんも一人で大変だったろう、ほめてあげたいよ、だけど再婚してしまってお父さんには新しい家族が育ってる、これって悲劇だよ、ドラマみたい、ドラマは一時のものだけど、私はこれからずっと
優美の胸はそんなことを考え続けて飛び散りそうだった。
ひとしきり泣いていたが優美は次第に冷静さを取り戻そうとしていた。

結果を恨んでも始まらない、ここでいつまでもいても
私は新世紀商事のハケン社員だ、時給いくらでもらっている以上、会社に戻ってお仕事をしよう。
お父さんが直属の部長なんて、悲しいけれど今は仕事を第一に、優美は責任感が強かった。
再び立ち上がって馬場先門の信号を渡ってビルが流れるように走った。
新世紀商事のビルのドアを押すと1時前5分だった。
優美は、誰にもわからないようにうつむいて自分お机の引き出しを開けてポーチを取り出して8階洗面所で泣いたあとがわからないように顔を洗いちょっと濃い目に化粧をしなおして席に戻った。

一方、部長の富田も図らずも派遣社員として自分の娘
優美に出会ったことで大きなショックを受けていた。
自分が上司ででその下で優美が働いている、本当は喜ばなければならないのだが、冨田には再婚した妻子連れの妻がいた。
優美から30年前に離婚した妻がお互いが歳を重ねて出来たら戻りたいと言っていることを優美から伝えられて富田は今の妻と別れて・・・・・・
そんなことまで突き詰めて考えた。10年間妻を待ち続けて電話、手紙を書き続けたが

「あなたとの関係はもう終わりました、お互いに新しい道を歩みましょう、身体に気をつけてください」
という返事だけだった。
優美はと見ると活発に仕事を続けていた。
「部長、これに印をお願いしたいんですけど」
富田は昼休みに優美が泣いたこともわからなかったし
少し集めの化粧で隠されていた。
「富田君、いやに張り切ってるね」
「はい、お時給いただいているので」
そんなさりげない会話のあと優美は戻って伝票をパソコンに叩き込んでいた。

一日は早かった。二日目もこうして陽がくれようとして通りに面した窓からは茜色に代わって行く空がきれいだった。
富田は優美が3ヶ月間ハケン社員としてうちの会社で仕事をしてくれる。
うれしくもあり、日日がたつと娘と段々別れにくくなる。家には再婚した妻も子供も待っている。
気持ちは複雑だった。優美はパソコンで仕事をせっせと片付けながらも時々父、富田の顔をちらっと見ていた。
優美も気持ちが複雑だった。父と歳とってどうやら復縁を望んでる母と一緒に出来れば過ごしたかった。
でも、それは無理だった、あたしが父に今の奥さんと別れてと頼むことも考えた。でも再婚してもう月日が立っている。考えて考えて結論を出しあぐねていた。

優美は長いこと20年も母の手で育ててもらったのだ
お父さんとも3人で過ごしたいが、やはりどちらかを選択するならお母さんだよ。
心の中で葛藤しながら答えを出そうとしていた。

気がつくと時計は6時を過ぎて社員も帰り支度を始めていた。
「部長、パソコンで稟議書直しました」
そういって部長の前の机に4部コピーを置いた。
「富田さん、ご苦労様、」
「部長、今日は早く帰らせてください、昨日遅かったのできっと母が一人で待っていると思いますので」
「ああ、いいから早く帰りなさい、それにしても君は仕事が速いね、驚いたよ」
「部長、私恥ずかしくて照れちゃいますよ」
うわべではにこやかに微笑んで話す親子だが心境はとても複雑だった。
誰にも悟られないよう部長と単なる部下、一派遣社員と皆思っている。
優美はそういって冨田に丁寧に頭を下げて室を出て行ったがずっと考え続けていた。
私、お父さんもお母さんも愛している。本当はお母さんも望んでいる3人で過ごしたい、だけど、お父さんはとっくに再婚して子供もいたら、お父さんはそれなりに幸せな生活、私がお父さん別れてお母さんと一緒になんていえないよ、
歩きながら同じ考えが巡り巡っている。
でも、お母さんを一人に出来ない、だって私が大きくなるまで苦労して育ててくれたんだもの、でも辛いなあ、結論出すのは、歩きながら考え続けていた。
「お父さんとはお別れか、せっかくハケン社員でお父さんと一緒にお仕事できるはずが

優美は千代田区の神田駅から歩き住宅の立て込んでいる空き地に建っている小さなマンションに戻った。
「優美、お帰り」
「うん、昨日は遅かったので」
母子二人はやっと小さな幸せをこの2DKの室で手に入れたのだ。
「優美、お父さんは今頃どこにいるだろうかねえ」
母の方から切り出してきた。
優美は、来た、来た、そう思いながらハケン社員で
ハケン先の会社で上司の父に会ったとは口が裂けてもいえない。

そう、言えば母は
「で、それは本当、お父さんは元気だったの」とその先の話を聞いてくるに決まっている。
「あのね、思うんだけどお父さんもきっとたくましく生きていると思うよ、お母さんがたくましいように」
「そうだねえ、お母さんも悪いところがあったかも知れないし」
「あえなくてもどこかで生きている、別々でも心はつながってる、私、そう思っている」
優美は吐き出しそうな感情を抑えて母に話した。

翌日、富田は新世紀商事(株)の経営管理部に早めに着いていた。上司たるもの自ら率先してとの信念だった。
「おはようございます」
「おはよう」
次々に富田にお辞儀をしては部員が席に着いた。
ハケンの名古屋静子もやってきて経営管理部は全員が出揃っている。
「おや、富田優美さんはまだ」
「きっと電車が遅れてるとか、来ますよ」
主任の柳内が振り返って言った。
富田のポケットのケータイが震動してびりびりと心臓に伝わった。

富田は急いでケータイのカーソルを動かした。
メールだった。
富田はあせっていた。
「お父さん、ごめんなさい、いろいろ考えましたが昨日で会社を辞めることにします。ハケンで続けるとますますお父さんと離れなくなって、お母さんとこれからも一緒に、本当に楽しい二日間でした。ありがとう
優美」
ケータイの文字が次第ににじんでいた。
富田は娘からのメールを読んで、優美が悩んで、悩んでその結論がこうなのだ、娘の心情を考えるとやりきれない気持ちが湧き上がってきた。
ごめん、優美、お父さんも、お母さんも勝手で離婚して、優美はどんなに苦しんだろうな、
デスクの上にある書類を読み印を押しながら考え続けていた。

「部長、印、さかさまです」
書類を食品一部に持っていこうとしている主任の柳内から言われるまで気がつかなかった。
昼休みの時計が12時を指すと、皆三々五々と連れ立って室を出て行く。中には椅子から立ち上がって背伸びしたり、あくびをしたりしていて緊張感から開放されている。
「部長、宅急便です、これに印を」
中村慶子が角丸百貨店の包みをデスクの上に置いた。
「ありがとう」
「なんなんだろう」
あけるとピンクのネクタイが出てきた。
「お父さん、ネクタイちょっと地味みたい、まだ若いんだからたまにはピンクのネクタイしてね、パパの大切な優美」
読みながら、優美はなんて優しいこの育ったんだろうとまたジーンとこみ上げてきた。
昼休みの誰も居ない更衣室のロッカーに行き、ピンクのネクタイにしめなおした。

一時間の休みはあっという間に過ぎて昼食、散歩から帰ってきた部員が息を引き返したように、さあ仕事、仕事といいながらまた、元へ戻った。
「お茶どうぞ」
主任の柳内がネクタイの変化に気がついて
「部長、ピンク似合いますよ、なにかあったんですか」
「いや、別に」
富田はピンクのネクタイをつけて決済書類に印を押し続けていた。


中央区は面積約10、1k㎡で商業集積度が高く伝統ある銀座・日本橋がある。人口は9万8千人で昼間人口は63万人と千代田区同様昼夜間人口比率が高い減り続けていたが近年、月島・佃島・晴海地区に超高層マンションの建設の結果、増加に転じた。

昭和23年、東京は戦争の爆撃で壊滅的打撃を受けていたが、敗戦によって人々は明日の食べるものも心配する生活だったが街の表情は明るかった。

古田真一は簡易服を着た妻のひとみと国鉄電車を有楽町で降りて銀座に向かっていた。
街には駐留軍のカーキ色の制服姿が目立った。
日劇のわずかな広場ではNHKが街頭討論を行っていて周りには取り囲むように国民服、簡易服、白いブラウスの人たちが群がっていた。
NHK街頭討論と看板があってアナウンサーが、群集を割って入り「あなたはどうやって食べていますか」を聞いていた。

ひとみは、
「あなた、どうやって食べていますかだってよ、出てみたらどう」
「僕は出る気しないよ、だってわれわれ今、おかゆすら食べられないんだから」
「ジャガイモにかぼちゃ煮て、それをおかゆ、じゃないか、米粒がついているだけで」
真一の言うように東京の食料事情はひどかった。

日劇の白い特徴のある建物は焼失を免れたものの有楽町のガードから銀座、築地のはるかかなたまでまで見通す事ができた。
爆撃で焼失は免れても壁が黒く汚れていてある建物は鉄筋がむき出しになっていた。
かろうじて電柱に取り付けられた街頭放送のスピーカーが並木節子の「りんごの歌」赤いりんごにくちびるよせて♪を歌っている。
ひとみが「りんごの歌」明るくていいわね
真一が
「ああ、せめて歌でも明るくなくちゃね、この澄んだ
空と一緒に」
二人は街頭録音を見送って黒くよどんでいる川に掛かっている数寄屋橋を渡った。
数寄屋橋の川に首都高速道路がかけられ川が埋め立てられたのは20年以上を経た東京オリンピックの時である。

有楽町から銀座4丁目を経て築地に向かう路面電車は
長い戦争で疲れきって意欲を失った人たちであふれていた。
どこを見ても明るい希望を見出すことは出来なかったが、ただ戦争中の米空軍B29から追い回される爆撃もなく、言論統制もなくなって自由に意見を言えることが救いだった。

いつしか銀座四丁目に差し掛かった。交差点では連合軍のMP(軍隊の警察)がボックスの上に立って両手を動かして交通整理を行っていた。
信号もなく手さばき一つで交差点の人と自動車を立派に制御する。
車は戦前のトヨタ、日産のダットサンがよたよたと走る中でアメリカ製の大きな車が、日本人には無縁な存在、バスは時折駐留軍のトラック前方車と大きな長い車体が走って行く。
京橋に向かう右側松屋百貨店もPXとして接収されて銀座四丁目に立つと勝者と敗者の論理が明らかだ。
その向い側はPX(駐留軍専用ショッピング・センターで今の服部ビルが接収されていてショーウインドーも華やかでここは日本人立ち入り禁止なのだが入ってくる人、出てくる人の格好が華やかだった。

真一とひとみはしばらく交通整理の手さばきを眺めていた。
「ねえ、三越行って見ましょうよ」
「そうするか」
華やかな角のPXに比べて三越はいかにも敗戦を象徴するかのように建物全体が薄汚れていて、疲れきった人たちが何かを求めて出入りしている。
暗い店内で木製のカタカタ音を立てるエスカレーターのベルトに捉まりながら真一は
「なにか欲しいものがある」と後ろのひとみに効いたが妻は首を振って
「ううん」
とかわした。
二人は店内を廻ったが敗戦から3年立っても物不足は深刻だった。
「もう、帰りましょう、子供たちにかるめ焼きでも」
と子供を気遣っている。
「そりゃ、欲しいものないといったら嘘、私だって
さっきのPXのあんなショーウインドーのワンピース着たいわ」
「苦労かけるな」
真一はそういって妻がたけのこ生活で家事をやりくりしていることに感謝していた。
たけのこ生活とは当時の流行語でたけのこをはぐように衣類とか家庭に合うものを売る、物々交換で食料品に変えていた。

二人とも家でお腹をすかしている郁子・道彦の幼い子供のことを考えていた。
なにもない、帰れば爆撃のあとのやけこげた木ととたんを組み合わせて急場ごしらえで雨、露をしのぐ家だったがそれでも親子四人は支えあって生きていた。

国鉄電車は相変わらず混んでいた。つり革は竹製、座席は柔らかなみどりのモケット張りの電車も登場し始めたものの、何者かがかみそりで切ってもって行った後が痛々しかった。
30分かけて亀有を降りて焦土の中のバラック小屋に帰った。
ひとみが
「二人ともお留守番していて、ありがとう」
上の子の郁子が
「ねえ、お父さんお母さんとランデブーどうだった」
と冷やかすように聞いた。
当時はまだデートということばは使われなかった。
バラック小屋の中には唯一贅沢な真空管使用の四級式ラジオがあった。
スイッチをひねると
「皆様、今日の配給便りをお伝えします」
続いて「目黒区の一班、二班はすけそう鱈、練馬区の一斑から四班まで砂糖、杉並区の・・同じくすけそう鱈・・・・・」
と放送していた。
ひとみが放出食料もいいけど、砂糖ではね、お米か小麦粉がほしいわね」
と愚痴った。
当時は敗戦の痛手による戦災孤児が上野・東京駅などで家、両親を失って栄養失調で終戦の年はこうした孤児を中心に餓死者百万とも二百万とも言われていた。
この深刻な状況にアメリカ駐留軍も急遽小麦など食料品を日本人に放出した。

いくらか改善されたもののまだ食品は配給制だったのである。
ひとみは
「ごめんね、何もあげられなくて、お砂糖があるからかるめ焼きを作ってあげるからね」
たった一つの焼け跡から拾ってきた食器棚の砂糖を取り出して、おしゃもじに砂糖を溶かして重曹を入れて
かき混ぜる。外に出てコンロにまきをくべて砂糖が膨らんできて
それをコンロから遠ざけるとざらざらしたお菓子が出来上がる。

久しぶりに小麦粉が配給になって妻は古着の着物を松戸に行き売ってこれをお芋とお米に変えたのであった
ひとみは
お米を外の共同の水道で研いでお芋を入れておかゆを作った。
おかゆができた時はもう日もすっかり暮れて夜空に無数の星がまたたき地上はとたん屋根の家の明かりが転々と漏れていた。

「おいしいよ、お母さん」
「よかったね」
食べ盛りの二人の子供にお茶碗にいっぱい盛りながら
「おかわりしていいのだよ」
ひとみは子供の頭を優しくなでた。
妻と夫は、子供たちにお腹が空かないよう気を使いお釜の底のおこげを拾って食べた。
時が過ぎて夫と妻は子供を真ん中に置いて一枚の毛布で仲良く寄り添って寝たのだった。
夜空の星は美しく地上を飾っていた。
四人は明日への希望を星に託しつつ・


親子二代目


それから20年、昭和27年北朝鮮軍が突如38度線を越えて韓国に侵入し、いわゆる朝鮮戦争が起きた。
韓国軍は不利で北朝鮮は韓国の南はるかまで迫ったが連合軍が仁川に上陸して反戦優位に転じて、日本はこれを転機に景気が回復、いわゆる特需が起きたのだった。

二人の子はすっかり成長して姉29歳、弟27歳になっている。
東京オリンピックを迎えようとしていた。
郁子、道彦は母と父が歩いた数寄屋橋を同じように歩いている。
オリンピックの誘致が決まり開催は目前に迫っていた
数寄屋橋の川はとうに埋め立てられて首都高速道路一号線が建設されていた。
交差点では、電柱の有線放送が坂本九の「明日があるさ」美空ひばりの「柔」♪勝つと思えば、思えば負けよ♪を盛んに放送していた。
郁子は流行のパラシュートスカートをまとい、道彦は
VANの黒いセーターを着てデートを楽しんでいた。
いや、デートというより28歳になった姉、郁子が結婚が決まって、姉が最後に弟を連れてデートしたかった
「姉貴、ちょっとそのパラシュート目だって恥ずかしいよ」
「えっ、せっかく道彦と恋人気取りで歩いてあげようと思っているのに」

「だってなんか、今流行のみゆき族みたいだよ」
「お姉ちゃんね、結婚の前に道彦連れてこういうかっこ一度でいいからしてみたかったの」
みゆき族はオリンピックを前にロングスカートの後ろに共布のリボンを結びつけて頭に布を巻く、男性はVANのスタイルをくずす銀座のみゆき通り、並木通りに若者が出現していたので道彦は派手で恥ずかしいと思った。







・・・・・・・










                 




























スポンサーサイト
長編小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |

長編小説「山手線」

にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ

にほんブログ村 小説ブログへ

はじめに
東京の大動脈、一周45分の環状線「山手線」始発電車から終電車まで朝・昼・夜いろいろな人が利用している。例えば、築地市場にすし種を仕入れにいくすし職人、夜、終電車に乗り遅れたサラリーマン、昼はサラリーマン、ショッピングを楽しむ主婦、高校生など、学生たち。夕方は、夜の歓楽街に急ぐマダム、そしてまだまだいろんな人種が山手線に乗ってくる
そこには人生の悲喜こもごもの物語が展開される。・・・・・・そこに色々な人間模様が見えてくる。「山手線」は、女性運転手、車掌も含めた歓呼・車掌・女性テープの案内・駅の案内などを忠実で究極の真面目な鉄道を再現させたい。一方それとは対照的に3つの仮想電車1100Y,1200Y 1090Yのそれぞれの朝・昼・夜と時間でどんどん変化していく自由な乗客の回顧・独り言・複数以上の会話、それは断片的なものであるかも知れないがともかく「山手線」は今日も色々な人々を乗せて走る。
ここに出てくる山手線は実在しますが物語はドキュメントであり登場人物は実在しません。


始発電車 大崎ー品川

冬の明け方、
吐く息が白いそんな寒さを運転士の田崎祐司(51)は大崎電車区のまだ眠りについている電車に今日の乗務をするため1100Yの点検に掛かった。

「皆E231に変わったなあ、僕がかわいがっていた205ー340は元気に働いているだろうか」
そのE231-340は、石巻線で第二の働き場を過ごしている

1輌ずつ見回りながら11輌最終車輌にきたとき車掌の森下光男(27)にあった。
「おっご苦労さま」
「田崎先輩よろしくお願いします」
「こちらこそ、今朝はやけに寒いが頑張っていこう」
「あの、田崎先輩、僕、山手線乗務今日が初めてです」
「えっ、君にとっては記念の日だね」
「は、はい、うちの息子がお父さん、僕、学校から帰ったら線路のそばで手を振るからね」
というんです。

「先輩はお子さんは」
「ああ、女の子が一人だけど二十歳を過ぎて出て行ったよ」
「それじゃさびしいですね」
「うん、小さい頃は何とか鉄道好きになってほしいと電車の本、買ったりプラモデル与えたりしたけど」
「そうですか、女の子は電車よりもほかのものに」
「まあ喜んでくれたのは七歳ぐらいだったかな」
と娘の小さな頃の出来事と重ねていた。

田崎は最近白髪が目立つ髪の毛を気にしながら帽子を脱いでかぶり直し、あご紐をきりりとしめた。森下が乗務員室のドアの取っ手に手を掛けて鍵を回して戸を開けて田崎もそれに続いた。

森下がパンタグラフのスイッチを押してあげるとモーター音周りだし室内灯が点灯し張り詰めたような冷たい空気が流れる車内を歩いて11両目を歩き先頭車車輌E231ー030に戻り、乗務員室のドアを鍵で開けて運転士室に入った。

これから眠っている車輌に息を吹き込んで電車を走らせると思うと一瞬緊張するのだった。マスコンのスイッチを入れブレーキ、加速・減速がスムースに動くかをテストした。圧力計に次いでパンタグラフの昇降テストのあと、さらにATC作動テストと相次いで行った。

すでに大崎駅では始発電車に備えて通り抜けの通路のシャッターを開けて、切符の自動販売機も作動するようにスイッチを入れられていた。

駅のホームでは、
「おはようございます、本日もJRをご利用くださいましてありがとうございます。間もなく始発電内周り、品川・新橋・東京・秋葉原・上野方面行きが2番線に入って参ります。危ないですから黄色い線までお下がりください」
時計は4時20分を過ぎて

さすがにまだ電車を利用する乗客は少なく肩にかごを掛けた築地市場のせりに出かけるジャンパー姿の仲買人、職人が目立った。

その中にすし善の矢田純蔵もいた。始発電車はライトをつけてしずしずと大崎車輌区側から2番線に入線してきた。

乗客が電車に乗り込んだ。

「JR山手線をご利用くださいましてありがとうございます。この電車は外周り品川・・・・・」
乗客に放送した。ミュージックサイレンが鳴り駅のホームの女性の案内放送が
「2番線のドアが閉まります」

田崎は前方を見つめていた。まだ、闇に包まれて3灯式信号機の表示が赤から注意、緑に変わった。
「大崎定発」
「信号よーし」
「出発進行」
「場内制限15」

電車は構内を過ぎると
「制限解除、速度60」

「車内でのケータイ電話の」
4号車の座席に腰掛けて居るすし職人矢田善三(55)は息子の真一(27)が勤めて居た会社を辞めて家業の寿司屋を継ぐというのだった。矢田は息子が自分の店のあとを継ぐと云ったことを喜んで居たのだった。寿司屋のほかに海鮮料理レストランを別に持って居た。

寿司のネタは築地市場に朝早く起きて出かけて誰よりも新鮮な材料を仕込んでくるのが一番大切だと考えていた。それで息子の真一を最初の朝に起こして築地の市場に連れて行った。

「真一、今から一緒に寿司ネタ仕入れに築地にいくからおまえも起きてついて来い」
と寝ている真一に声を掛けた。真一は、
「お父さん今何時」
と云いながら隅の時計を見た。
「わっ、俺堪忍してよせっかく爆睡してんのに」
「何をいってんだ、真一今日から寿司屋になるんだろう、さあ起きて起きて」
「わかったよ、起きるよ」
真一は不承不承起きて顔を洗い、歯を磨きグレーのブルゾンに格子模様のマフターをまいてを父について行った。しかしそれ一回だった。
「お前はなあ、やるというからこうしてお父さん教えているのに、」
「あなた、その辺で」
母、桃子が仲裁に入ったので
「まあ、しょうがないか」
矢田はそれ以上何も言わず寿司ネタの仕入れはしばらく一人ですることにした。

「次は品川です、東海道線・総武横須賀線・京浜東北線に京浜急行線、次の品川でお乗り換えです・・・
田崎は
「制限60」
「制限50」
「品川停車」
そういってマスコンレバーを手前に少しずつ戻した。
電車は緩やかにスピードを落とし品川駅1番線ホームに滑り込んだ。

品川ー田町ー新橋

品川駅では今日一番の始発電車に乗り込もうとしていた人たちが待機していた。

7号車の島本秀夫(32)もその一人だった。
島本は昨日、遠藤部長(57)が札幌支店長に転勤するために開発二課全員が出席して送別会をホテルで行ったあと、同僚3人と酒場で飲んで、つい山手線の最終電車に乗り遅れたのだった。

「しかし、遠藤部長の送別会にしてはお前がいいたいことを言うのでひやひやしたよ」
「だって、俺が企画書を一生懸命になって、女房からパソコンたたいてると、女房があなた家にまでもって帰って仕事する必要ないでしょう、第一それだけもらっているわけじゃないし」

「相手本社に今度帰ってくる時は取締役だぞ」
明石春樹(37)がいった。
「わかってる、お前の言うとおりだけど」
「会社というのは、お前の熱心さもわかるが、相手に嫌がられては、どんないい企画でも」

「でも、俺が遠藤部長に出した企画書は50本だよ、出すたびに」
「えっ、お前はそんなに」
明石がびっくりした顔で島本の顔を覗き込んだ。
「部長の席に呼ばれて、視野が狭い、自分のことばになってない、どこかでやってることまねするなと」
「最悪だなあ、お前にとっては」
「そう、部長は俺の気持ちをさかなでするようにだめだしばかりだよ」
早朝早々昨日の送別会の荒れた雰囲気を引きずっているようである。
始発電車でこれからなにもかも新しく始まるというのに。

身を突き刺すような張り詰めた空気で島本は酔いが醒めて
「家ではさぞ心配してるだろうな」
時計を見ると4時25分だった。島本は鞄の中からケーターを取りだして電源を入れたが
「まだ、爆睡だよな」
ケータイの電源を切った

「お待たせしました。1番線のドアが閉まります、次は田町です」
女性の駅アナウンスに促されるように
「品川4分延発」
「制限30」
「出発進行」
マスコンのレバーを手前に引くと再び電車が動き始めた。制限速度30キロを維持しながら構内を離れると
「制限解除」
「速度90」

右側には広い品川車輌区があって113系に変わって東海道線のE231系をはじめ 211系、ダブルデッカー車のE215系をはじめ、九州・山陰の寝台特急がまだ構内の照明灯に照らされて眠りについていた。

「間もなく田町です・・・」

「田町停車」
田崎はマスコンレバーを停車にブレーキを掛けながら徐々に減速させて停車位置に寸分の狂いもなく停車させた。

「田町です。ご乗車ありがとうございます」
「2番線の電車のドアが閉まります」
電車のドアが閉まると田崎は
「田町3分延発」
「制限60」
と歓呼してマスコンを手前に引いて電車は次第にスピードを増した。
「間もなく浜松町です。東京モノレール、羽田空港方面は次の浜松町でお乗り換えです」
「浜松町です。ご乗車ありがとうございます」
そのアナウンスを聞いて3号車に乗っていたコンサルタントの石塚亮太郎(35)は
座席で先方との会議資料におちはないかチェックしていたが、
「朝の7時の札幌便乗るの辛いよな」
鞄を右手に持ってドアが開くのを待ってホームの外に出て行った。

田崎は運転表の時刻と実際の時間を時計を見ながら
「やれやれまだ2分延発か、遅れを戻すのは大変なんだよな」
低い声で言った。

「浜松町2分延発」
「出発進行」
「制限60」
「信号よ~し」
指査喚呼を行いながら電車は新橋に向かって走行した。
「間もなく新橋です。新橋の次は有楽町です」す・・・・・」 
新橋汐留口の高層ビルもまだ眠りについていた。

「おっと、新橋か」
座席で居眠りしていた寿司職人の矢田は眠そうな目をこすりながら、その放送に促されて「今日はいい寿司ねたが手に入るぞう」と心の中で思いながら立ち上がってドアの開くのを待ってホームに降りた。
「新橋です。ご乗車ありがとうございます」

「浜松町2分延発」
「出発進行」
「制限60」
「信号よ~し」
指査喚呼を行いながら電車は新橋に向かって走行した。
「間もなく新橋です。東京メトロ銀座線、都営地下鉄線、ゆりかもめ線においでの方はお乗り換えです。新橋の次は有楽町です・・・・・」 
新橋汐留口の高層ビルもまだ眠りについていた。

「おっと新橋か」
座席で居眠りしていた寿司職人の矢田は眠そうな目をこすりながら、その放送に促されて「今日はいい寿司ねたが手に入るぞう」と心の中で思いながら立ち上がってドアの開くのを待ってホームに降りた。
「新橋です。ご乗車ありがとうございます」

さすがに新橋で降りる人は多かった。
朝の築地卸売り市場に向かう仲買人の番号をつけた黒い帽子とジャンパーゴム長スタイルの黒い一段が階段に吸い込まれるように集まって消えていく。
それとは反対に終電車で乗り遅れ一夜を過ごした人が電車の中に入ってくる。
今まで車内のあちらこちらにぽつんと腰掛けて居た人が新たに乗ってきた人で座席がつながって人がこしかけるようになった

左の窓から見る霞ヶ関までのビルも暗く、ただ街路灯と自動車のテールライトだけが延々と続いていた。

始発電車 新橋ー有楽町ー東京

「1番線のドアが閉まります。次は有楽町に止まります」
ドアがプッシュと言って閉まった。
ピンポン・ピンポン・ピンポンと3点のチャイムが鳴ると
田崎は
「新橋2分延発」
「出発進行」
「制限60」
マスコンを手前に引くとたちまち60キロになったが前方に有楽町駅がもう見えてきた。

山手線は全32駅ありどこの区間も駅間距離が短く、一駅平均1,08キロと中央線31駅平均1,8キロ、総武線21駅、2,8キロに比べても短かった。
「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。
そごう百貨店が撤退し、そのあとに大型家電店が進出していた。
ここから丸の内に掛けてはオフィスビルが同じ高さで立っていたが再開発と土地の有効活用で最近は一部高層ビルに模様換えしようとしていた。


「1番線のドアが閉まります。次は有楽町に止まります」
ドアがプッシュと言って閉まった。
ピンポン・ピンポン・ピンポンと3点のチャイムが鳴ると
田崎は
「新橋2分延発」
「出発進行」
「制限60」
マスコンを手前に引くとたちまち60キロになったが前方に有楽町駅がもう見えてきた。

山手線は全32駅ありどこの区間も駅間距離が短く、一駅平均1,08キロと中央線31駅平均1,8キロ、総武線21駅、2,8キロに比べても短かった。
「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。
そごう百貨店が撤退し、そのあとに大型家電店が進出していた。
ここから丸の内に掛けてはオフィスビルが同じ高さで立っていたが再開発と土地の有効活用で最近は一部高層ビルに模様換えしようとしていた。

「有楽町ご乗車ありがとうございました」
田崎はマスコンをニュートラルの位置に戻し外を眺めた。

かってのデートの場所であり有楽町で会いましょうといった有楽町広場は大きな変貌を遂げたなと思った。

東京駅では、昨日東海道新幹線の関ヶ原付近で吹雪となり、最終新大阪発ひかり号が夜中の12時30分頃到着し列車ホテルの乗客が今日最初の始発電車に乗り込もうとする人が多かった。
時計は4時44分を指してまだ闇のとばりに包まれていた。

京都の岸谷涼子(31もその一人だった。
涼子は高校時代の友人が結婚するので久しぶりに実家に帰り、友達の結婚式に出たが、その帰途、例の大雪で新幹線に閉じこめられ朝帰りになってしまった。

大阪ニュー関西ホテルのロビーでは5年ぶりに友達が涼子が現れないかと大勢の人に囲まれて背伸びして入り口を見ていた。
「あっ、涼子だ」
「涼子だよ、涼子、きたあ」
まるでスターを見た時のような喜びは、涼子は高校時代皆から人気があったようだ、
「涼子、ひさしぶりっ」
「由紀子、加奈美、久子、美月、ひさしぶりっ」
女の子がよくやる5人で手を握って飛び上がって喜んでいる。
「東京から私のためにきてくれはってほんまにうれし~い」
由紀子の京都なまりは相変わらず変わらなかったが東京のことばも半分はいっている。

「由紀子、久しぶりっおめでとう、で、だんなはどんな人」
涼子の問いかけに由紀子は、
「あのなあ、うちと付き合って5年やわ、この辺で決めんとうちも涼子・由紀子に越されて最後になるっていうか」
「大阪のラジオ局のアナウンサーですねん、」
「はっどうして知り合ったの」
「公開放送に友達と出てなあ、クイズに出たらもろ正解やで舞台に上がってそれからや」
「な、涼子いつ帰るねん、たまに京都に来たよってに、二、三日ゆっくりしていったらどう」

友人の加奈美、久子、美月が涼子を盛んに誘惑した。
「ごめん、結婚式済んだら、速攻で帰らんと主人と子供二人待ってるんで」
「いいなあ、そんな家で待ってくれている人がいるなんて、うらやましいわ」
「うちなあ、由紀子も結婚、涼子も東京で家庭持ってて、うち今年中には30になっちゃうし」
美月が真剣な顔をして、
「あんたんところ丸の内の商社だよね、今度合コンあったら久子と東京までいくから参加させて」
涼子、加奈美、久子、美月の関西、東京なまりの混じった話だ。

涼子の東京の家は池袋からさらに30分の大泉学園にあった。
「主人と子供はどうしているかしら、あの人は無きっちょうだからご飯たべたかしら」
と心配だった。

考えたあげくバッグから赤いケータイを取り出してなにはともあれと電源を押したが充電が切れていた。
「あたしってどうしてこうどじなんだ、もう」
新幹線車内で睡眠不足と寝癖のついた髪を掻き分けながら低い声でつぶやいた。

始発電車 東京ー秋葉原ー上野

電車は神田を過ぎ・秋葉原に止まった。
「秋葉原です、京浜東北線、総武線・つくば鉄道線・地下鉄日比谷線ご利用の方は当駅でお乗り換えです。」
田崎は運転席から秋葉原の街を眺めた。
「ここも変わったなあ、」

戦後ラジオの部品屋として発足した通称ジャンク街がTV・AVの発展と共に世界でも珍しい総合電気街に発展したのだった。
「3番線のドアが閉まります、次は御徒町に止まります」
ドアが閉まると田崎は
「御徒町延発2分」
「出発進行」
ここまできても品川駅延発はまだ取り返せなかった。

田崎は
「2分の延発、仕方がないよなあ」
と思った。
御徒町を過ぎて上野に到着した。
「上野です。東北線・常磐線・東北・上越・長野新幹線は当駅でお乗り換えです。
3番線の電車は当駅で時間調整のためにしばらく停車いたします」
上野駅から乗ってくる客は少なかった。
かって上野駅は田舎から上京してくる人の出世駅と云われていた。
急行「津軽」「十和田」など、東京への集団就職といわれた夜行列車は新幹線開業と共に消えてしまい、夜行列車はわずか北陸からの特急「北陸」だけという寂しさになってしまった。田崎はそんなことを考えていた.

上野駅の発車のサインはミュージックサイレンでなく、昔風のベルだった。かって国鉄時代は発車ベルだったが、山手線内はベルはなく今では東京駅の東海道線の普通電車7,8番ホームと快速、遠距離電車特急寝台特急が発着する9番、10番線のベルを除いてほかの駅はソフトな特徴を持ったミュージックサイレンだった。

涼子の東京の家は池袋からさらに30分の大泉学園にあった。
「主人と子供はどうしているかしら、あの人は無きっちょうだからご飯たべたかしら」
と心配だった。

考えたあげくバッグから赤いケータイを取り出してなにはともあれと電源を押したが充電が切れていた。
「あたしってどうしてこうどじなんだ、もう」
新幹線車内で睡眠不足と寝癖のついた髪を掻き分けながら、低い声でつぶやいた。
電車は神田を過ぎ・秋葉原に止まった。
「秋葉原です、京浜東北線、総武線・つくば鉄道線・地下鉄日比谷線ご利用の方は当駅でお乗り換えです。」
田崎は運転席から秋葉原の街を眺めた。
「ここも変わったなあ、」

戦後ラジオの部品屋として発足した通称ジャンク街がTV・AVの発展と共に世界でも珍しい総合電気街に発展したのだった。
「3番線のドアが閉まります、次は御徒町に止まります」
ドアが閉まると田崎は
「御徒町延発2分」
「出発進行」
ここまできても品川駅延発はまだ取り返せなかった。

田崎は
「2分の延発、仕方がないよなあ」
と思った。
御徒町を過ぎて上野に到着した。
「上野です。東北線・常磐線・東北・上越・長野新幹線は当駅でお乗り換えです。
3番線の電車は当駅で時間調整のためにしばらく停車いたします」
上野駅から乗ってくる客は少なかった。
かって上野駅は田舎から上京してくる人の出世駅と云われていた。

急行「津軽」「十和田」など東京への集団就職といわれた夜行列車は新幹線開業と共に消えてしまい、夜行列車はわずか北陸からの特急「北陸」だけという寂しさになってしまった。田崎はそんなことを考えていた.

始発電車 上野ー池袋

上野駅の発車のサインはミュージックサイレンでなく、昔風のベルだった。かって国鉄時代は発車ベルだったが、山手線内はベルはなく、今では東京駅の東海道線の普通電車7,8番ホームと快速、遠距離電車特急寝台特急が発着する9番、10番線のベルを除いてほかの駅はソフトな特徴を持ったミュージックサイレンだった。

「お待たせしました。2番線のドアが閉まります」
ホームの頭上から女性の案内テープが流れてドアが閉まった。
田崎はマスコンレバーを強く引いた。
「速度60」

上野駅を出ると、京浜東北線・山手線・高崎・東北線・常磐線と幾重にもレールが走っていて暗闇の中からヘッドライトを点けた電車が不意に近づいてきて賑やかになった。
5号車に乗った青森出身の登米富善はかっての集団就職のことを思い出していた。
登米は今は長年仕えた和菓子屋をのれんわけしてもらって巣鴨に和菓子屋を営んでいる。
あの頃は戦後の低迷期から日本はようやく近代国家として歩もうとしていた。
そのために若い労働力が必要で集団就職制度の発足に基づいてその労働力を東北の農村に求めていた。
通称出世列車なるものが大量の中卒生を東京に運んだのだった。
「津軽」はその代表的な列車だった。
登米は10年ぶりに母が危篤に陥って急遽ふるさとに戻っていたのだった。
「おふくろさ、迷惑かけてせめて時々は国さ帰らねばなあ」

電車は鶯谷・日暮里・西日暮里を過ぎて田端に着いた。
「2番線のドアが閉まります」
「田端2分延発」
田崎は喚呼しながら2分の遅れがまだ回復していないことにストレスを感じていた。

「池袋までなんとかしないとなあ」
低い声でつぶやきながら
「信号よおし」
「速度60」
田端から左にカーブすると下り坂になっていてすぐに駒込駅が見えてきた。
「駒込停車」
田崎は、停止位置にブレーキレバーを引いて電車を止めた。
数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。

電車は鶯谷・日暮里・西日暮里を過ぎて田端に着いた
」「田端2分延発」田崎は歓呼しながら2分の遅れがまだ回復していないことにストレスを感じていた。「池袋までなんとかしないとなあ」低い声でつぶやきながら「信号よおし」「速度60」田端から左にカーブすると下り坂になっていてすぐに駒込駅が見えてきた。 「駒込停車」
田崎は、停止位置にブレーキレバーを引いて電車を止めた。数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。対向の内回り電車も少しずつすれ違いが増えて来た。数人の乗り降りがあり、辺りはようやく闇の帳から空が白みかけてきた。

東京から乗った岸谷涼子は昨日の新幹線の大幅遅延で列車ホテルに変貌した車内でよく寝れなかったのか、可愛い寝息を立てて熟睡していたが、「次は、池袋です。埼京線、湘南新宿ライン、西武線・・・・・という車内の案内で目を覚まして、「いけない、乗り過ごすと主人に・・」と低くつぶやき、座席を立って眠そうな目をこすってあくびをしてドアに立つ。

「池袋、池袋ご乗車ありがとうございます、埼京線・湘南新宿ライン・西武線・東武東上線・地下鉄丸の内線・半蔵門線はお乗換えです。ご乗車ありがとうございました。
岸谷涼子は、コートの襟を立てての左手の黒い手袋で赤いバッグを抱えるようにして
「早く家に帰らないと」
とつぶやくようにして西武線のホームに向かって階段を早足で下りて行った。

朝、ラッシュアワー電車 池袋ー高田馬場ー新宿

池袋駅は1日乗降客約160万人という新宿駅と肩を並べるマンモス駅なのだが、今は各ホームに明かりが点いて電車がホームに止まっていた。
後には喧騒と悲鳴の起きることは想像もできない

「まもなく4番線に当駅発外廻り新宿・渋谷・品川方面電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」
正面に1200Y池袋車両区所属の電車が静々と走って入線してくる。
初電から2時間半経って7時30分JR東日本浜中哲夫(26)の運転する1200Yはぴたり定位置で停車した。

車掌は香川まどか(23)だった。JRが最近積極的に女性の門戸を広げており、まどかもその一人だった。
まどかは工業高校から鉄道専門技術学校を出て昨年JR東日本を受けて見事合格したのだ。
友人からは、まどかが鉄道専門技術学校に進んだ時、
「あんた、鉄道専門学校に行くなんて」
「でも、おじいちゃん、お父さんの子だし」

たしかに女の子がファッションにも振り向かず鉄道を撮りに紺のジャージーにジーンズで男の子まがいの服装で休日はカメラを構えて電車を撮影するので、友人たちからは電車子ちゃんと呼ばれる始末である。
お父さん、おじいちゃんが二代鉄道の仕事をしていたせいか、
「私はおじいちゃん、お父さんの遺伝子を受け継いでかなあ」
と考えてみた。

まどかの夢は自分のデザインした電車が走ることである。
事実、中学生の作文で、
「私の夢」で
「私の家族はおじいちゃんが鉄道省、お父さんがJRです。だから段々鉄道が好きになりました
私の夢はいつか電車のデザインをすることです。洋服にもいろいろな色とか形とかいろいろなのがあるのと同じように電車もきれいなデザインの形の電車が走って欲しいです」

まどかと同じグループの咲子・絵美理が
「ねえ、たまには渋谷に出ておいしいもの食べようよ、あとファッションとか109見たいし」
と誘っているのに・
「ごめん、おじいちゃんと明日秩父鉄道のSL乗りに行くの」
「あっ、そう、あんたとは付き合いきれないよ」

最近の幹部候補生も現場体験をしてもらうという会社の方針に従って女性の運転手、車掌が進出してきている。
今回は運転手経験を終えて、今日から見習いとして車掌業務に就いたのだ。
あらためて今朝、自分が乗る7時25分発外回りE231を見て自分はこの巨体を相手に戦うのかと帽子を少しあげてまじまじと電車を仰いで見た。

「わたしもうまく止められるようになったなあ」
家でも祖父義男(76)が電車でGOのゲームを買ってきて、
暇を埋めるように熱中していた。
「なあ、まどか、おじいちゃんなあ、山手線運転うまくなったぞう」
と言ってコントローラーを元に戻して定位置で止めたのだった。
「おじいちゃん、私に貸して、うまく止めて見せるから」
孫、まどかは祖父とのコミニュケーションはゲームを一緒にするのが一番だと思っていた。

「でないと、でないと、そう、おじいさんとの話も必要なんだ」
50歳も歳が離れていては無理からぬことだ。
まどかは、おじいさんが鉄道省、父が国鉄、まどかが続けば三代鉄道一家になるのだ。

「今日から、おじいちゃん私、車掌業務なの」
「頑張れよ、まどか」
研修で何回かシュミレーションで車掌業務を体験したものの実車乗務は今日がはじめてて、ラッシュ時の波がうねるようなホームいっぱいにあふれた乗客を見て胸が詰まりそうだ。
「何だ、こんなことで頑張れよまどか」
おじいちゃんの声が聞こえてくるように思えた。
定位置に止まり、まどかは首を窓から出してドアスイッチを上げるとドアが開く、一瞬乗客の列が崩れてなだれ込みわずか15秒で席が埋まる。
11号車の日東自動車の黒川敦は、反対側のドアの近くに身を置いて流れて行く風景を目で追っていた。
黒川が日東自動車に就職したのは40年前だった。

まどかは158センチのまだ初々しい小柄な女性だが、前方を見つめるまなざしはもう立派な鉄道員だ。
「池袋、お待たせしました、当駅発外回り高田馬場・新宿・渋谷・品川
新橋方面行きです。まもなく発車します。発車間際の駆け込み乗車は大変危険です。次の電車をお待ちください」

川越市から池袋、新宿の日東自動車本社に向かう黒川敦(60) は、今日で定年を迎えた。35年の歳月はあっという間だった.
黒川はホームと反対側のドアのわずかな隙間に居場所を作り、洋服のポケットから黒色の手帳を取り出して拡げた。

2月22日(金)今日が誕生日、60歳の、その日が定年、黒川はそう思いながら手帳をじっと見つめていた。
1月4日始業式・10:30挨拶回りS工業橋田部長・13:10・D金属工業新年宴会(新橋加茂屋)から始まって昨日まで時間刻みにスケジュールが書かれていた。
手帳はサラリーマンの武器なのだ。今日2月22日ですべてが終わりか。

最後部の車掌室には、今日の香川まどかを教育するベテラン車掌、大黒貞夫(43)がまどかの一挙一動の動作を見ていた。
香川まどかは、今日が私の夢の第一歩だよ、そのためには車掌でも運転士でもどんどんやるよ、顔が光り輝いているが、でもはじめての朝の乗客の詰め掛けるうねりにちょっとびっくりしていた。

今までは、私も朝のラッシュの一人だったけど今は、このおびただしい乗客を制御して動かさねばと真剣に考えていた。
メロディーチャイムが鳴って、ホームのスピーカーが、
「まもなく山手線外回り、新宿・渋谷・品川・新橋方面行きが発車します」
メロディーが鳴り止んでまどかは電車に乗り、ドアスイッチを押した。

その瞬間、一人の中年の男が駆け寄ってきた。
まどかは瞬間困惑した。ドアを開けるべきか、開けないと乗客が、だけどその分遅れるし、開けないで発車、万一乗客が電車に巻き込まれたら
瞬時の判断は今までも教習で学んできた。なのに実際は。
まどかは決断してドアを開けた。
乗客は膨れ上がっている乗客の隙間に後ろ向きに身体を捩じらせて乗車した。
ドアを再び閉めて電車は発車した。

まどかは脇のテープのスイッチを押した。
「この電車は山手線外回り、新宿・渋谷・品川・新橋方面行きです。
次は目白です、お出口右側です」と女性アナウンスが全体に流れる。
まどかは壁にかけてあったハンドマイクをはずして、
「おはようございます、JR東日本をご利用くださいましてありがとうございます。この電車の運転士は浜中哲夫、車掌は香川まどかです。山手線外回り新宿・渋谷・品川・新橋方面行きです。次は目白、お出口右側に変わります」
と丁寧に放送した。

教習の先輩もうなづきながらまどかをあたたかく見守っている。
山手線の車内から、
「女性車掌だよ、今朝は」
「かわいい」
「この頃多くなってきたよ」
「アナウンスもやわらかくていいなあ」
などの声が漏れてくる。
車掌室では

教官の大黒貞夫が
「香川さん、忘れていない、何か」
と聞いてくる。
「忘れてる、私がねえ」
「香川さん、さっき乗客が」
「い、いけない、先輩ごめんなさい」
落ち着いていたつもりが、
急いでハンドマイクを握って、
「乗客の皆様に申し上げます、発車の際の駆け込み乗車は危険ですのでお止めくださいますようお願いします」
と付け加えた。
(いけない、初日から初歩的ミスで)

まどかは、
「教官、どうもすみません、初歩的ミスしてしまって」
「いいよ、まあ、最初は誰でも失敗があるものだよ、僕も昔、新宿を出てまた間違えて新宿といったことが」
といいかけてスイッチが入ってることに気がついて
「香川さん、スイッチ」
といった。
車内ではスイッチを切っていなかったのであちこちから笑いが拡がっていた。
「ドジだわ、あのまどかという車掌、あんたも時々ドジやるし」
「なに、それ私のこと」

明日から空白になる手帳が可哀想に思えてきた。
俺は明日からここになんと書けばいいのか。見慣れた朝の池袋駅のラッシュ光景が異質に見えてくる。

日本はようやく低成長を抜けきって東京オリンピックの開催を前に道路・建物・交通機関などが近代化されつつあった。

それまで山手線の空は果てしなく広かったが空をさえぎる高層ビルがタケノコのように突然空に向かってのびはじめていた。

黒川の日東自動車も高速道路、地方幹線道路の発展に伴って長い間の国民車構想で日本の自動車は低調であったのが本格的な高速運転も可能な低床車に移行しようとしていた。

黒川はまさにずっと日本の自動車の歴史を見つめてきたといっても過言でなかった。

電車が目白・高田馬場・新大久保と停車してやがて右窓に新宿超高層ビルの黒い塊が迫ってくる。
40年前、新宿は東口は駅広場の様相を呈していたが西口は広大な新宿淀橋浄水場の土地を再開発用地として超高層ビルを建てる構想が持ち上がっていて、西口から先は緑樹のある道路がまっすぐどこまでも伸びていた。

「まもなく新宿に着きます。湘南新宿ライン・JR埼京線
中央線・総武線・小田急線・京王線に東京メトロ丸の内線都営地下鉄大江戸線はお乗換えです」
言い終わって
「新宿は大変、アナウンスも」
香川まどかの弾んだ声が流れる。
指導教官が、
「たしかに、僕が若いときは埼京線・湘南新宿ライン
都営大江戸線なんてなかったし」
「香川君、いいよ、その調子で」
ほめられて香川のほほは赤くなっていた。

黒川は40年前が昨日のことのように思えて仕方なかった。
妻咲子とは同じ社内恋愛で結婚した。
黒川は、妻によく僕が設計した自動車で君のうちに迎えに行くよといっていた。

池袋始発電車なのだが電車がホームに入ると整然と並んでいた乗客の列が崩れて、ドアが開いたとたんなだれを打って乗り込んで15秒でもう立ち席者が出るの

日東自動車の黒川敦は、反対側のドアの近くに身を置いて流れて行く風景を目で追っていた。
黒川が日東自動車に就職したのは40年前だった。

日本はようやく低成長を抜けきって東京オリンピックの開催を前に道路・建物・交通機関などが近代化されつつあった。

それまで山手線の空は果てしなく広かったが空をさえぎる高層ビルがタケノコのように突然空に向かってのびはじめていた。

黒川の日東自動車も高速道路、地方幹線道路の発展に伴って長い間の国民車構想で日本の自動車は低調であったのが本格的な高速運転も可能な低床車に移行しようとしていた。

黒川はまさにずっと日本の自動車の歴史を見つめてきたといっても過言でなかった。

電車が目白・高田馬場・新大久保と停車してやがて右窓に新宿超高層ビルの黒い塊が迫ってくる。
40年前、新宿は東口は駅広場の様相を呈していたが西口は広大な新宿淀橋浄水場の土地を再開発用地として超高層ビルを建てる構想が持ち上がっていて、西口から先は緑樹のある道路がまっすぐどこまでも伸びていた。

黒川は40年前が昨日のことのように思えて仕方なかった。
妻咲子とは同じ社内恋愛で結婚した。
黒川は、妻によく僕が設計した自動車で君のうちに迎えに行くよといっていた。

結婚してから3年目に直人が生まれた。直人は黒川が家に仕事をもって帰り自動車の本など、家でも見て研究していたので直人は、パパは自動車作るのと自然自動車に興味を示し最後には4歳で街を走っている自動車の名前を当てるまでになった。

それから2年後黒川夫婦の間に女の子理香が生まれた。
父親の影響とは恐ろしいものでいつしか、
「私は観光バスガイドになりたい」
といって学校を出て観光バス会社に就職した。

でも、黒川も決して順風漫歩であったわけではない
会社生活とは山あり、谷ありで、黒川も日東自動車が満を持して新型車を発表することになっていたが、粉飾決算が明るみに出て黒川を引き立ててくれた藤原常務が責任を取って辞任、黒川は閑職の経営企画室に追いやられたのだった。
ちょうど、菱新自動車から黒川にスカウトの打診が起きたが妻の咲子は反対した。

黒川はすっかり自信をなくして会社に出ても取り立てて仕事のない経営企画室の勤務を体が拒否反応起こすまでになってしまった。

まもなく菱新自動車は外国資本の自動車工業から提携の話が持ち上がって合理化に伴う人員整理が行われた

「あなた、私のいってること正しかったでしょう」
妻の咲子にそういわれた。

黒川は、
「この山手線が永遠に線路を踏み外さず走ってるのと同じように俺も40年この山手線を踏み外さずに走ってきたのだ。
本社のある田町まで駅が一つずつ減っていくたびに40年の想い出が消えて行くような気持ちさえしてきた。

やがて前方に新宿超高層ビルが見えてきて
「新宿停車」
「速度15制限ようし」
「新宿停車」
運転手、浜中哲夫が前方を見つめながら指で示唆歓呼を行っていた。

朝 ラッシュアワー電車 新宿ー渋谷ー品川

新宿で乗客が幾らか降りて乗客が乗ってこない瞬間、黒川は窓際の手すりから身体をすばやく動かして座席に座ることが出来た。
反対側はシルバーシートになってるが黒川がこの優先席に座るにはまだ年令から遠かった。

電車は今最新機器を積み込んだE231である。
黒川が就職した昭和40年代は、チョコレート色の国電
73系から鶯色の高性能電車103系で夏などはまだ冷房もなかった。
冬はともかく夏のむせるような暑さの時にはYシャツを袖まくりしてハンカチで滴るような顔の汗をぬぐう
のだが全身からほとばしるように出る汗は、天井に設置された扇風機の生ぬるい風を送っているだけで駅を降りるとズボンまでもが汗で島模様を作り濡れている
ずいぶんいい時代になったものだ、今は、
黒川は瞑想していた。

車内のサラリーマンは黒川と同じようにきちんと黒・紺のスーツにぴしっと決めていて一部のすきもない戦闘服とも居えるが、黒川は今日8時間後には洋服を脱がなければならない。
そう考えるとサラリーマンとしての死刑執行を受けるような限られた時間に苛立ちさえ感じ始めていた。

40年正しく寸分も間違えずサラリーマンの時計を刻んできてそのレールに乗っていたがここにいるサラリーマンと違って黒川の時計だけが終わりを告げる。

黒川は、左手で頭をかきながら
「むなしいっ」
誰にも聞こえないように小さくつぶやい

新宿から乗った6号車の北川奈美は今朝、待望の会社訪問をしようとしていた。
奈美はかねてから新聞社とか雑誌社に仕事を得たいと考えてマスコミ研究科に籍を置いていた。

低成長で大卒でも女子の就職は大変なご時勢なのだ。
男女雇用機会均等法、規制緩和など派遣制度の改革もあいまって就職の門戸は広げられたものの正社員より、不安定な派遣社員が増加してそれが女子の就職を助けている。

奈美は自分から進んで積極的に履歴書を書いて自分の論文なども持ち込んで直接会社訪問を行ったが成果は実らず履歴書だけが机に山のようにたまっていた。

母はそういう真剣な奈美に心配して、
「あなたのやりたい気持ちもわかるけど、マスコミとか新聞とか男職場に行ったらこき使われるだけよ、
奈美は早めに結婚して家庭を持つことが一番いいと思うの、お父さんもお母さんもどんどん年とってくるんだし」
「お母さんの言いたいことは、早く孫の顔が見たいでしょうって言うんでしょう」
「女の幸せは・・・・」
「それってお母さんの古い価値観念なの、押し付けないで、私にはどうしてもやりたいことがあるので」
「・・・・・・」
娘にはっきり言われると母は弱かった。
「お母さん、ごめん」
そういって両親に決別するように少しむっとした顔で山手線に乗ってる自分がいる。、

奈美はドアを見ながら、
「いけないよ、こんな怒った顔では」
そういって顔を横に伸ばすようにして口を広げて笑みをたたえるようにして見た。

やっと新橋にあるT出版社があってくれることになったのだ。
失敗は絶対に許されない。

この山手線が私に幸せをもたらせてくれたら
そう思いながらもう鉛筆で赤線も入れられないぐらいに書き込んだ常識問題集を食い入るように見つめていた。

同じ頃6号車には萩原三郎がいた。
萩原は印刷屋街とも言われる飯田橋の中小印刷業を父から受け継いで印刷会社を営んできた。
古くからの創業で荻原があとを継げば親子三代目になるはずだった。
一時は、世の中の好況を反映して出版社からも印刷以来や商店のちらし、大型店、住宅販売など大きな仕事を抱えていた。
しかし、印刷革命がコンピューターの技術革新によっていわゆる活版印刷の低迷が始まりじりじりと影響が現れてとうとう廃業に追い込まれてしまった。
45歳という働き盛りの荻原は仕事を失い、20年近く連れ添った妻、栄子は、
「子供もまだ二人小学校5年と中学を抱えているので
大阪の実家に帰ります」
と突然昨日宣言されて途方もなく悩んでいた。
「このままだと仕事がなくてホームレス生活か」
荻原は一生懸命に祖父、父の仕事を継いで事業を発展する、それで中学校3年生から仕事を時々手伝っているうちに自分のうちの事業を手伝うには早く仕事を覚えたほうがいいと考えて卒業とともに家業を継ぐ覚悟をしたのだった。
だけど、やはり高校は出なければと都立の数少ない夜間高校を努力して出たのだった。

印刷しか知らない何のとりえもない俺がハローワークの窓口をたたいても再就職は無理だった。

電車が五反田に近づいた時日本共同印刷の大きな建物が飛び込んできた。
荻原が一生懸命父と日参して印刷のセールスを行って一時定期的に外注として安定していた。
荻原は、恨めしそうな顔をさせながら
「畜生、俺が力がないから」
にぎりこぶしを震わせてそう思った。

「まもなく五反田です。都営地下鉄、東急池上線乗り換えです。お出口は同じく左側です」
車内テープアナウンスに続いて女性車掌業務に今日はじめてついた香川まどかの声が全車輌に響いた。

渋谷で乗ってきた乗客が恵比寿・目黒。五反田・大崎に進むにしたがって、車内は立錐の余地もないほど込み合ってきた。
乗客は隣の人の肩に触れそうになって皆、自己防衛しようとしていた。
時として、足を踏んだ、踏まない、肩が触れた、触れないと車内でいさかいが生じることもあるからだ。
さらに最近は痴漢の増加もあって、時として女性が
この人が痴漢ですといって男性を駅員につれて行く
そんな新聞記事を見て、
乗車率は山手線の中でも一番高いのではないのだろうか、香川まどかは後部車掌室からそんなことを考えながらじっと窓を通じて満員で膨れ上がった乗客の姿を見ていた。

いつになったら超満員の乗客が救われてくれるのだろうか、もちろん、国鉄時代から京浜・東北線の品川・
田端間分離工事、運転間隔をちじめる超高性能電車
山手線車輌の一部四扉車輌など、必死にラッシュ緩和対策を行ってきたのだが相変わらずラッシュは解消されなかった。
一時は効果が現れたものの、東京23区内への人口流入
昼間人口の増加、ビル需要の増加、商業施設の集中など、解決が難しかった

「ねえ、混雑緩和対策として東海道線なみに山手線も
11両を16両に出来ないものでしょうか。
車内いっぱいの乗客を見ていて香川まどかが聞いた。
「難しいだろうね、というよりも各駅とももうホームの延伸は難しい、限界だろうね、それに16両にしても昼間の輸送需要から考えると採算の点でも」
指導教官の黒田は香川まどかに難しい事情を示した


渋谷で乗ってきた乗客が恵比寿・目黒。五反田・大崎に進むにしたがって、車内は立錐の余地もないほど込み合ってきた。
乗客は隣の人の肩に触れそうになって皆、自己防衛しようとしていた。
時として、足を踏んだ、踏まない、肩が触れた、触れないと車内でいさかいが生じることもあるからだ。
さらに最近は痴漢の増加もあって、時として女性がこの人が痴漢ですといって男性を駅員につれて行くそんな新聞記事を見て、
乗車率は山手線の中でも一番高いのではないのだろうか、香川まどかは後部車掌室からそんなことを考えながらじっと窓を通じて満員で膨れ上がった乗客の姿を見ていた。

いつになったら超満員の乗客が救われてくれるのだろうか、もちろん、国鉄時代から京浜・東北線の品川・田端間分離工事、運転間隔をちじめる超高性能電車
山手線車輌の一部四扉車輌など、必死にラッシュ緩和対策を行ってきたのだが相変わらずラッシュは解消されなかった。
一時は効果が現れたものの、東京23区内への人口流入
昼間人口の増加、ビル需要の増加、商業施設の集中など、解決が難しかった

「ねえ、混雑緩和対策として東海道線なみに山手線も
11両を16両に出来ないものでしょうか。
車内いっぱいの乗客を見ていて香川まどかが聞いた。
「難しいだろうね、というよりも各駅とももうホームの延伸は難しい、限界だろうね、それに16両にしても昼間の輸送需要から考えると採算の点でも」
指導教官の黒田は香川まどかに難しい事情を示した




同じ6号車には40歳台のミセスと見えるセレブな女性が3人居た。
3人は渋谷か新宿に行くようだ。
「今日、奥様をお誘いしたのはあそこの懐石料理は少々お高いですがもうそれは、京都本場の一品ですの」
「そうですか、私は主人とフランスのミシエランに乗った五つ星のレストランを食べ歩くのが楽しみでして」
「そうですか」
「何しろ主人が外務省でしょう、だからずっと海外の生活が長うございまして」
「だから今日、お誘いしたんですの」
「まあ、お値段は少々高く一人前2万円ですが味はもう」
と目黒の奥の高級街かも知れない。
それを隣で腰掛けながら聞いていた小川みずえがいた。
みずえはハケン社員だった。
「ああ、私、時給1600円か、それも雇用側から勝手に首をきられるなんて」
「テレビのようにスーパーハケンならいいけど、私の出来ることはワード・エクセルぐらいで、そんなもの今は誰でも出来るのよね」
みずえは突然長谷川商事から解雇を言い渡されて戸惑っていた。
一生懸命頑張っていたのになあ
でも、大切なデータを謝って消してしまって戦略会議が出来なくなって解雇になったのだ。
もう少しで契約更新の3ヶ月になろうとしていた。

みずえは突然の出来事でハケン会社にケータイでさっき連絡を取った。
みずえを紹介したハケン会社の担当者内田は
「とにかく話を聞きたいのでいらっしゃい、一度や二度の失敗でくじけてはいけません、スキルもあるのでもっと自信を持って」
「私が一般事務職のハケンっだったらよかったかも」
なまじっかコンピューターの資格持ってるんで会社は専門化として雇ってくれる。失敗すると専門的資格がある人が」
そんなことを頭の中で繰り返しては一人で自問自答していた。
2号車ではサラリーマンの青木慶太が沈んだ顔をして乗っていた。
慶太には小学校3年生の息子と5歳の幼稚園の沙羅がいて慶太は二人を可愛がっていた。
そういう妻と二人の子供がいて平和な小さな幸せな平凡な生活を送っていたのだ昨年会社が倒産、慶太は路頭にほうりだされていた。

40歳を過ぎてからの再就職先は見つからなかった。
営業一筋でやってきたがそれからは一家の生活は悲惨になり、慶太もガードマン・マンションの管理人になったものの正社員でなく妻は二人の子供とともに水戸の実家に帰ってしまったのだった。
別居が始まってすぐは、メールとか手紙が来て「お父さんがんばって、早くお仕事をして迎えに来てください」と妻、子供から様子が送られてきたが、半年たってから慶太が妻、子供にメール、手紙を送ってもぱったり途絶えてしまった。

「ごめん、お父さんは頑張ってるから」
そういってもハローワークでも仕事はなかなか見つからなかった。
そんな苛立ちと不安が的中して妻からこともあろうに離婚調停書が弁護士事務所から送られてきたのだった。
千代田区霞ヶ関1丁目にある家庭裁判所に出頭するために山手線に乗っていた。

「次は渋谷です、JR埼京線・湘南新宿ライン・・・・
お乗換えです。
電車は恵比寿を過ぎて右にカーブする渋谷駅に指しかかろうとしていた。
「信号20、減速」
田崎が前方を見ると線路にこちらに駆け寄ってくる人間が居る
「なにやるんだ」
大声で身を乗り出してマスコンを引いて0の位置になるように倒した。
とにか急ブレーキをかけた。

車内では急に急ブレーキをかけたのでつり革につかまってる人がなぎ倒されるような衝撃を受けている。
「わあ」
「なに」「
「ぎゃあ」
悲鳴にも似た声がした。
「あ~あ~」
田崎の悲鳴にも似た声が響き渡った・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・間に合わなかったのだ。

ゴーン、異様な音とともに男の身体は丸められるようにして車輪の下に入り、その瞬間、電車が一瞬持ち上がるような感触を受けた。
男は砕かれて電車に巻き込まれてしまった。
田崎は
「ああ、人を轢いてしまった」
急いで震える手でハンドマイクを握って
「今、人を轢いてしまった、急停車はそのため」
これだけ言うのがやっとだった。
田崎は模範運転手だった。30年無事故運転、
丁寧で時間を守り、停車位置も一度も一メートルもずらさない運転一筋、これまで励んできたのだった。
その誇りが無残にほんの一瞬で砕かれたのだった。

「お客様に申し上げます、ただいま渋谷駅で人身事故がおきてしまいました。しばらく停車いたします。
お急ぎのところ大変申し訳ありません」
車掌の矢島もことの重大さ、恐怖を伝えられて体が震えマイクを持つ手もがたがた震えていた。

乗客はいっせいに窓から外を見たものの昔と違い密閉
された窓からは線路の下を見ることは出来ない。
乗客は
「なにかあったの」
「大変だ」
そう叫びながらドアーに近寄った。
両ドアの窓ガラスは幾らか下もあるので3~4輌の人たちは死体、変わり果てた肉片を見ることが出来る。
「お、恐ろしい」
「可哀想」
「ああなんていうこと」

たったさっきまで男にはきっと家族もあっただろう、子供も、もしかして恋人も
それがもう肉屋で轢かれたミンチのような肉片に代わっている。
飛び込み自殺を図った男の身体は無残にも車輪に巻きもまれて頭も首も胴体も足もわからない黒い肉片になっていた。
線路と架線の柱には転々と血がついている。事故の無残さをあらわすかのように。
しかし、山手線は11輌の長大編成なので後部車に乗っている人は事の真相はわからなかった。「ぎいっ」と一瞬車が持ち上がる鈍い音、将棋倒しになりそうな衝撃以外は見えなかった。

渋谷駅はカーブしているが急停車駅ホームを半分滑り込んで間に合わなかったのだった。

警察官と救急員がみどりのシートをかけて皆の目に触れないようにした。
そう、電車は急には止められない。
時速60キロで走行して線路前方に人を発見しても急ブレーキをかけても200メートル以上自然走行するのだ。

鉄道で最も恐ろしいことは人身事故だ。
JR大久保駅で線路に誤って転落して女性を目の前に見て勇敢に線路に落ちた女性を救い上げ助けたものの自分は自ら犠牲になった勇敢な韓国人の青年の事件が伝えられて、線路に転落した人を助ける緊急時非常ベル装置など、またホーム下の緊急避難スペースも設けられて安全度は高まったものの今日の事故は場所が悪かった。

渋谷駅から恵比寿よりの線路にいたためにホームの乗客も発見出来えず、悲惨な事故になった。
田崎はうなだれるようにして二人の警察官に付き添われるようにしてホームから消えていった。

飛び込み自殺の現場を見たものはあまりにもリアルで無残で一生忘れられないのだ。
それは20年、30年、ずっと後までも駅を見ても悲惨な思い出がよみがえってくる。

事故の遭遇した電車に高齢者小田信夫が乗っていた。
彼は、現場を車内のドアから見ながら悲しい顔をしていた。
80歳の彼は学徒動員で沖縄戦の特攻隊として召集令状
を受けたのが終戦の3日前だった。
「俺が学生のときは、ひたすらお国のために、天皇陛下のために喜んで死んでゆくことが美学とされていた
でも、鹿屋の海軍特攻隊基地に赴いたときはもう無条件降伏を受諾、お昼に陛下の重大放送があるということであやうく命を救われたのだった。

小田はこんなに死ぬかもしれない、そんな命を終戦で救われて、皆、終戦の放送を聞いて正座して嗚咽していたが小田には泣けなかった。
否、心の中で九死に一生を受けたという歓喜にさえなっていた。
「これで俺は死ぬこともなくなった、これから先は焦土で過ごすだろうが、米が、野菜がなくてもはじめて自由を手に入れたのだ。
まだ20歳だしがむしゃらに国を立て直すのだ。
小田は、日本人はなぜ死のうとするのだろうかと考えていた。

切腹をして死んでお詫びをする、この戦争でも生きて米軍の辱めを受けるより死んで華と咲く、
母が大変な思いで腹を傷めて苦しい思いで出産するのにそんなこの世に生を受けているのに自分から命を絶つのか。

今はものが豊かで何でも手にいる、努力すれば報われるかも知れない、そんな先が明るい10代20代の若者
働き盛りの40歳台、そんな人の自殺者数が昨年3万人にも達している。
一昔前にネットであった練炭自殺が硫化水素を使った自殺が各地に広がっている。
小田は、
「すべての国民は健康で安全な最低の生活を保障する」と憲法にも定めてある。
一人でもこの世に生まれたもので無駄な人は一人もいない。
格差社会で底辺にいる人も多くなった、それもわかるが死んではいけない。
死にたくなくても国のため御国のために死ぬことが強制的に定められて10代の若者が散っていった特攻隊、そのことを考えれば生きて自分でいろいろ経験して歳を重ねて行き定められたときに死ぬべきではないかとじっと考えて訴えたかった。

依然として人身事故は減っていない
鉄道も私鉄では、ホームに安全策を設けて電車発着時だけ開く扉を採用しているのだが、駅以外の線路ウエでの飛び込み自殺を防ぐのは不可能である。
全国の路線に高いフェンスを設けても線路を横断する
跨線橋もあり完全防止は不可能である。
「この電車は人身事故でただいま取り片づけ作業を行っております。少々お待ちください」
車掌の車内に流れるアナウンスで時計を見る人、そのまま立ち止まる人、その偶然の残酷な経験をした人たちはこれからも深く脳裏に刻み込まれるだろう。
さっきまで人格もあり動いていた人が今は、ただ取り片付けとまるでごみでも片付けるように代わってしまう。
これも無残といえよう。

渋谷駅は騒然としていた。
各ホーム、否私鉄駅で人身事故を伝えている。
「ただいま、振り替え乗車を行っております。
埼京線・湘南・新宿ラインとも運転を中止しております。お急ぎの方は東京メトロ銀座線・半蔵門線、東急東横線・京王井の頭線をご利用ください」
渋谷駅は各駅とも人があふれ始めていた。

ホームでも改札口でも騒ぎが起きていた。
「人身事故だって」
「またか、よくあるな」
「早く動かないかなあ」
渋谷から新宿・池袋方面へは山手線が一番早い
回り道、たとえば新宿に行くのに地下鉄で赤坂見附に行き、丸の内線に乗り換えても、また青山①丁目で乗り換えてもかなり時間が掛かる。
改札口では電光掲示板のただいま、人身事故発生中・・・振り替え乗車を行っていますという電光文字がむなしく躍っていた。

運転手・車掌から連絡を受けて、まもなく救急車と警察官がやってきて現場を見ている。
「これは車輌、車軸も見ないとなあ」
「お知らせいたします、この電車は人身事故のため停車しております、なお、この電車は当駅で本日運転を中止させて頂きます。この電車は回送電車となります」
「ただいま私鉄線各線の振り替え乗車を行っていますので前6輌の開いているドアからお降りください」
車掌のアナウンスを聞いて
「なんだ、ついていないなあ」
「打ち切りか」

諦めにも似た表情で蜘蛛の子を散らすように皆、前6輌の車輌のドアに詰め寄って降りていった。
事故発生から50分が立とうとしていた。
「この電車は回送電車になります」
「ああ、小川ですが人身事故が起きて、今渋谷です」
「小川さん、それは大変ですね、大丈夫ですよ、待っていますから」
「ついてないよ」
みずえは一言そういって地下鉄銀座線に通じる階段を登っていった。

事故発生後1時間を経てようやく回送電車となって電車は渋谷駅を発車していった。
さっきの事故現場はきれいにされていたものの事故発生を物語る黒ずんだ水が枕木に残っていた。

ようやく何とか運転再開されたものの上下線、隣接する埼京線・湘南新宿ラインまで不通になっていてその後遺症は大きかった。
「お待たせしました、ただいま山手線・埼京線・湘南新宿ラインとも運転を開始します」
それを聞いてたrちまち山手線ホームはいっぱいに人手あふれた。
「開通したらしいよ」
「まったく困るなあ」
中にはケータイで
「お母さん、電車が直ったので今から帰るね・・・
ますみ」とメールを打っている女子高生もいる。
電車は何ごともなかったかのように原宿駅に差し掛かろうとしていた。

そのとき5号車のドア側に座っている女の子がいた。
疲れた表情で考え事をしている。
彼女宮元ますみは両親と口論して父から
「ますみ、いうこと聞かないなら出て行け」
「ああ、こんな家なんか出て行くよ」
母親さきが
「ますみ、ますみ」
といって引きとめようとしたのだが家を出て渋谷で3日間を寝泊りして過ごしたのだった。
ますみの家は父は中学校の教頭、母は教育評論家で時々新聞にも記事を書いて近所からもますみさんはお行儀がよく勉強する子として評判もよかった。
事実、中学校の成績は上位で、皆の信頼も厚く信頼を得て学級委員になっていた。
そのますみが変わり始めたのは高校に入ってからであった。

思春期特有の誰もが経験する反抗精神が芽生え、両親とも教育一家と言われていてことごとくますみは抵抗した。
ますみは黒い髪を茶、そして金髪に変わっていった。
ますみは親友朋子の家に泊まって、翌日は自由の身になったとばかり渋谷に行ってファッション209・コスプレ・カラオケ、すべて学校で禁止されたものだった夜はがらっと変貌する歓楽街を歩き回り、同じ渋谷にいた女子高生とも逢ってタバコも勧められた

二人ともこれといった目的なしに街を歩いた。
また、キャバクラの前で立ち止まり、男から声をかけられたが二人とも「私たち、いや」ときっぱり断った
深夜になるにつれて吐く息も冷たく泊まるところもなく二人はささえあってビルとビルの隙間で寝たものの寒さが厳しく目が覚めてたまらなくなって深夜営業のネットカフェに駆け込んだのだった。ネットカフェは誰もがコーヒーを飲みながらネットを楽しむ場所として親しまれているが、最近は格差社会が進んでここで寝泊りする人さへ出てきている。
世界でも主要国での貧困率がアメリカ・イギリスを抜いてとうとう第2位にまで転落している。

ますみも朋子もただ一度だけ今まで経験したことのないことを見て自分で試しかっただけだった。
渋谷の商店街の治安の維持を図っている中年のおじさんから
「高校生でしょう、両親が心配しているから帰りなさい」とも注意された。
二人はもう3日目には家が恋しくなった。
学校も3日間無断欠席してしまった。

ますみも朋子も3日目に家に帰ろうとしていた。
コンビニアルバイトでためた3万円もそこをつきかけていて帰りの切符を買ったら残りはわずかだった。
二人ともいすに腰掛けて両親にメールを打っていた。
「お父さん、お母さん、今から帰る、ごめん・・・ますみ」
両親からも家出後、頻繁にケータイに電話がかかってきたが留守電に切り替えた。
「ただいま、留守にしています。ご用件ある方は」
なすすべがなかった。

電話でも通じるのだが反対された両親の3日間の断絶は融和するには断絶の壁が出来上がっていた。
「まもなく新宿です、埼京線・湘南新宿ライン・総武線・小田急線・・・・・・」
テープのガイドが流れるとともに、ますみも朋子も二人とも立ち上がってドアが開くと出て行った。

冬の灯は早く沈む、時計は四時を過ぎていたが、池袋の駅ビル、百貨店の影が長く伸び吹き始めた北風でホームにいる人たちは寒そうにコートの襟を立てたり、ブルゾンのファスナーを引っ張りあげて首を覆い、亀のように首をその中に入れるような格好をしていた。
1200Yの山手線内回り電車がホームに滑り込んできた。

人身事故発生の影響で電車は正常ダイアに戻りつつあったがなお10分ほど遅れていた。
「1番線の電車が発車いたします、ドアーにご注意ください、次は新大久保に止まります」
ミュージックサイレンがなって電車は静かに発車した。

新宿から乗った7号車に生まれたばかりのわが子を浅草の病院に訪ねていく荒垣俊がいた。
彼は31歳、妻は29歳のときに結婚をした。それから数年間は甘い蜜月のような月日を過ごしたが気がつけば4年を経ていた。
「ねえ、あなた、私、子供がほしいんだけど」
「俺もそうだ、もう4年目だものなあ」
でもなかなか子供はできなかった。

二人で病院に行きましょうよ」
「そうだなあ、行って見てもらおうかなあ」
二人は知人の紹介で銀座の産婦人科に行った。
医師は夫、俊と妻、美佳の検査を行ったが、
検査結果は夫は問題なかったが、妻の方は「不妊になりやすく排卵誘発剤を使いましょう」という医師の診断だった。
二人は医院を出て、お互いに顔を見合わせながら
「結果が出てよかった」
と安堵の胸をなでおろした。

「大丈夫かしら」
「安心しろよ、医師が太鼓判押してくれたも同然だ」
妻も新しい生まれてくる、まだ妊娠の兆候もないのに
手芸のうまい彼女は、毛糸で靴下、帽子をせっせと編んでいた。
「ねえ、これかわいいでしょう、私とあなたの子、生まれたらこの靴下と帽子・・・」
「美佳、愛しているよ」

俊は本当に幸せを実感していた。
それから半年、美佳はずっとハケン社員でパソコンを操作して俺の少ない給与を助けてくれている。
子供は神からの授かり物だよ、いつも生まれてくるかも知れない新しい命をずっと待ってるのではかわいそうだ、美佳と一緒に冬休みの休暇でシンガポールにでも連れて行ってあげようか。

日曜日のある朝、二人で美佳が作ったフルーツサンドイッチとコーヒー、下手ながら俊が作った野菜サラダを食べながら、俊は、
「ねえ、美佳、いつも家事をやりながらハケンでがんばっている、俺も美佳と一緒に旅行を・・・」
といいながら旅行社でもらった海外旅行シンガポールを見せた。
「ごめんなさい、私、赤ちゃんができたらしいの」
「はっ、今の本当・・・・」
そんな前のことを俊は回想していた。

彼はあいにく松本に出張していた。
彼の両親からも電話・メールがケータイに来た。
「無事生まれた、女の子だ、早く帰って来い」
俊は早く病院に行って自分の子を見たかった。
また、妻美佳に
「ありがとう、本当に大変だったね」
と声をかけてあげたかった。

自分の二世、最初は女の子がかわいいなあ、兄弟が3人とも男なので余計女の子がほしかったようだ。
「どっちに似てるだろう、俺か、それとも妻か」
早く妻にあって「お疲れ様、大変だったね、ありがとう」と声をかけてあげたかった。
「女の子か、俺に似てるのか、それとも美佳か」
「バージンロードを歩くときはどんな・・・・
いけない、気が早すぎ」
頭で思い巡らしたあまりそんな先までと考えていた。

4号車にはカバンをひざに抱えてにこにこしている男が乗っていた。
井沢康夫は今日、課長昇進の辞令をもらったのだった
彼は高校を出て有名書店に勤務した。
小さい時から本を読むのが大好きで、どうせ好きなら書店に勤めよう。そしてそこで本屋のノウハウを学んで一軒の書店を持ち独立することが夢だった。
書店販売員から出発して書店チェーンでいつも売り上げトップを占めて15年目にしてチェーン本部の販売課長に昇進したのだった。

「まもなく池袋です。埼京線、湘南新宿ライン・・・
Soon will be arived Ikebukuro・・・・・」
と最近は日本語の次に英語案内が流れるようになった

「場内制限」
「池袋停車」

あわただしい一日は終わりを告げようとしていた。
山手線も終電車の時刻になった。
0時37分発大崎行き、このあと57分発が本当の最終電車なのだが、すでに東京・神奈川・埼玉・千葉に帰る深夜バスには間に合わないので37分を選んで乗る乗客が多い。
深夜営業を終えて帰宅するホステス、ぎりぎりまで会社で残業をしてやむを得ず深夜バスで帰宅、歓楽街で遊んで気がついたら終電に間に合わなかった、中にはホテルの勤務で夜勤と交代して二日ぶりに帰宅す者、そして終電車
お決まりの酔客など、実に今の世相を見る思いがする。

そんな乗客のさまざまな思いを乗せて大崎行きが発車する。
「山手線内回り大崎行きが発車します。このあた47分発電車最終電車になります」
暗黒に電車の前照灯が一筋幾手を照らしている。
「今日は、疲れたよ、朝からずっとフロントで立っていたから足が向くんだよ」
「村木さん、大変だよね60歳過ぎてのホテルでは」
同じホテルの先輩の垣田太が心配している。
「いや、僕は銀行定年後もこうして働くことが出来ることを感謝してるよ」
「先輩はいつも感謝って行ってるけど、俺にはできないな」
「まあ、働ける間はね、妻がうるさくってね」
「家でもそうですよ、家のローンも残ってるし」
とそりゃ馬にむちを当てるようで」
7号車に
「何いってやがんだい」
「いい加減にしたら、皆見ていますよ」
「ああ、見られてもいいよ 今日の・・・・部長のいうことが正しいか、どっちが正しいか、どう思う」
「先輩、平井さんのいうこと最もですよ」
「だろう、部長北海道にでもどこにでも、ああ、部長が行かなければ、俺が行くよ」
「先輩、大分酔ってますね」
お酒の匂いがだんだん車内を包んで行く。

「あのね、悲しいよ、ママ、何かというとあたしに文句いってさ」
「あなたもまだ新顔だから、そのうちなれるわよ、がんばってよ」
「あたし、気をつけて話しているつもりよ」
「秋田訛りが、誰でも最初は」
化粧の匂いをあたりいっぱいにまきながら二人のホステスの話、

「世の中、どっか間違ってると思うね、会社は景気いいのに俺は貧乏で、何とかならないか・・・
ちょっとあんたどう思う、年金だってわかんねえよ」
と盛んに周囲の乗客に不満を訴えている中年過ぎの男性

なんともわびしい話が車内で充満する中で目白・高田馬場を過ぎて新宿に差しかかろうとしていた。

「新宿です、この電車は大崎行きです、品川・田町。東京方面はすでに運転が終わっています、本日私鉄各線の連絡はすでに終了しています」
ドアが開くと同時に各車両から脱兎のごとく駆け出してエスカレーター、エレベーターとも行列が出来ている。
残業や夜、遊んで終電の乗り換え時間に間に合わない一団が走って新宿駅西口の深夜バス発着場に行く。
1:00、1:10分と相次いで近郊までの深夜バスが終電を待っている。
新宿から乗ってくる人はさすがに少ない。電車は大崎どまりでそれから先の品川方面は運転が終わっている
3号車の東和タクシーに勤務する大沢は同僚と焼き鳥矢でお酒を飲んで酩酊していて車内も足がふらつき通路をジグザグで歩いている。
「て、やんでー、タクシーさ730円になってから客は乗らないし、俺もよー、歳取ったから夜勤はできねえし、そのうち後期高齢者でいじめられるのかよ」
山手線車内はすっかり当世世相を嘆く広場に変わってしまっている。
渋谷駅で近郊の家に帰るためにホームはちょっと喧騒だった。とにかく東京都下・神奈川を主に最終深夜バスが発車直前になっているのだから無理もないことではあるのだが。
「二分延発」
「出発進行」
きらめいていた渋谷のビルの灯火もさすがに消えて
行く先を照らすヘッドライトと赤。蒼の信号灯が主役を果たしている。
「大崎停車」
目前に大崎駅のホームが見えてきた。
「場内制限15」
マスコンレバーを前方に引いて今日最後の電車の運転士前田紀夫はゆっくりとホームに到着した。
時刻は1:00をとうに過ぎていた。

「ご苦労様」
前田紀夫は、白い手袋で指差しながら「異常なし」と繰り返した後、構内運転士に
「異常ありませんでした」とホームに足をつけて交代した。
その間にも
「お客さま、この電車終点ですから」
深夜のこととて酔客は足を伸ばして座席に横たわっている。
「お客様、お客様」
何回も呼んで、やっと
「ありがとね、降りるよ、俺は品川まで行くけど」
「これから先はもう電車はありません」
「じゃ、この電車は」
「車庫に入ります」
「じゃ、車庫まで載せてくれよ」
「お客様、それはできません」
「じゃ、俺は」
「ここを降りて階段を上がり椅子で休んでください」
「えっ、この寒いのに」
「始発電車までお待ちください」
酔客に事情を説明して納得してもらうためにこんな一問一答が毎晩続く。
「まいったなあ、じゃ仕方ない、ビジネスホテルか」
すべての車輌を廻って乗客が車内にいないことを確認して入庫するのだ。
「出発進行」
「構内制限15」
電車はポイントが複雑な線路を車体を蛇のようにくねらして右へカーブ、すでに先に到着して一瞬の眠りについているE231群の中に入る。
「停車」
パンタグラフを下ろしてさまざまな機器を点検し
「異常なし」
構内運転士の白岡はマスコンレバーの鍵を抜いてしんしんと冷えている黒い冬空を見上げながら降りていった。
一周45分として一日15周以上走り乗客の喜び・悲哀を載せてその垢がついている。
わずか3時間の眠りについてまた明日もあさってもずっと同じようにいろいろな人間模様を描いて山手線は今日も走る。

みなさまお疲れ様でした。
ご乗車くださいましてありがとうございます
もしかしたらあなたが山手線の主役になっているかも知れません。













長編小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |

おすすめのTVドラマ フジTV「のだめカンタービレ」

4月 「のだめカンタービレ」準備中
長編小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |

純愛小説「愛は時を越えて」新風舎から7月出版され PART2も書く予定です、

「愛は時を越えて」は7月7日念願の書として新風舎より短編2編「けだるい夏の日」「終電車」を収録、刊行されました。
収録内容はPART1です。

あらすじPART1
幼稚園で幼馴染の裕彦と亜理紗は聖書劇で一緒になって以来仲がよかった。
その後二人は別れて、大人になった二人は、32歳を迎えて亜理紗が極東航空の客室乗務員(キャビンアテンダント)チーフ、裕彦はビジネスコンサルタントとして20年ぶりに国際線機内で再会した。

しかし、同時に亜理紗はチーフパーサーとして新人の伊東葉月と後藤いずみとの実地研修を行わなければならなかった。
亜理紗と10歳も違う二人は、個性的でちょっと自己中心的で、機内でいろいろ説明、指示してもどうして私たちが、とか、まだ新人ですと言って素直に応じず、亜理紗を困らせた。
しかし、新人の葉月が、ベジタリアン食しか食べない外国人乗客に間違って豚肉入りカレーを出して大騒ぎになったが、亜理紗は新人に代わっり償った。
その夜、機内で急病人が発生、亜理紗は率先して乗客の救急措置を行うのだった。
葉月、いずみに亜理紗から叱責されたが、亜理紗の積極的な行動に次第に目覚めていった。

ニューヨークマンハッタンで二人はようやく再会、積年の想いを話した。
幼い幼稚園時代の想い出から始まった二人の話は20年の時の流れを埋めるにはあまりにも長かったのである
5番街を、セントラルパークで秋のニューヨークを散策しても長い年月の空白は埋まらなかった。
ついに二人は夜のエンパイアステートビルで愛していますと告白した。

PART2これから書こうと思っています。この小説はブログに順次掲載して行く予定です。
ただし自費出版はいたしません。
初期の目標は達成されましたし、結構費用もかかります。
この書を出版したことにより今までも多くの感想をいただきました。

・幼稚園時代の幼馴染二人が戦争で別れ、断絶、32歳になったとき二人が国際線機内で再会を遂げて、少しずつ積年の想いを話しながら、最後に愛していることを告白、ロマンチックで感動した。
・美しく純粋な二人に感動するとともに幼稚園時代の幼馴染を考えた。
・淡々と二人が描かれていてよかった
・はじめから出会った二人が一緒になる話は退屈で飽きる、陳腐化した話である
・主人公の性格が弱い、男まさりの女刑事の主人公のような女性とか
実にいろいろな感想をいただいたことを感謝しています。

PART1のポイントは幼馴染の亜理紗、裕彦は20年後32歳のとき、運命の再会を果たし、二人には戦争が激しくなって突然別れて、再会したといってあまりにも長い空白期間があり、二人は不安を抱えながら、幼年時代の話から、少しずつ氷が溶けるように時間をかけてゆっくりと愛し合ってることがわかってくるのです。
だから会話を通じて二人の繊細な気持ちを書きました。

次に亜理紗は、極東航空のチーフキャビンアテンダントで、機内で起きる乗客の問題を冷静にとっさの事態にすばやく判断し5人のキャビンアテンダントに指示するとともに自ら率先して問題を解決し、文字どおり仕事に厳しくアテンダントたちにとっては恐く、会社上層部からも高く買われている存在ですが、反面、そんな亜理紗はいくつになってもピュアーでひたむきの純粋さ、不器用な恋しかできません。そういった亜理紗の対照的な異なるプロフィールによって生きてくるのです。

このような純愛物語は、どうしても二人が中心になり、飽きてくるという人もいて、亜理紗・裕彦のほかに極東航空という企業の中で、亜理紗と登場する5人のキャビンアテンダント、特に新人ギャル、新人類の葉月・いずみにも焦点を与えて一本調子にならないようにもしまた。特に32歳の中堅社員としての仕事と新人二人の仕事を大きく対比させました。

あらすじPART2
PART2は新しくこれから長編小説シリーズとして登場します。

亜理紗は裕彦と運命の再会を遂げたあと、4日後、亜理紗は葉月とともにアメリカからの帰途突然房総沖で発生した乱気流に遭遇、機長から緊急情報を聞き、客室乗務員は皆に緊急時の対応を知らせて、座席に身をかがめて低い姿勢をとるように指示した後、彼女たちもシートベルトを着用したが、亜理紗は通路で客席からすべった小さな幼児が通路にいるのを発見子供の命を助けるために亜理紗は身を子供の上に覆うように子供をしっかりと守るのだったが乱気流に巻き込まれ、亜理紗の身体は幼児を抱いたまま宙に舞い、天井に身体をぶっつけて、全身打撲で意識不明となったが、亜理紗は子供の命を救ったのだったが、羽田空港着と同時に入院

翌日、新聞に「極東航空、客室乗務員高梨亜理紗、お手柄、幼児の命救うが意識不明で入院」と報じられて、会社もいまさらのように亜理紗の行動を大きく評価して復帰することを待つと声明、新聞を見て驚いた裕彦が病院に駆けつけて、亜理紗は数日後意識回復するのだが、裕彦は徹夜して毎日亜理紗を励まし。病院の廊下の椅子で寝て、会社にそこから出かけるのだった。こうした裕彦の励ましにもかかわらず、松葉杖に頼らなければならない亜理紗は裕彦の仕事と未来の彼の飛躍に自分が妨げになってはとある日、裕彦に手紙をしたためてお別れしましょう,そういう手紙を残して叔母のいるサンフランシスコに飛び立つのだった。

亜理紗、裕彦、それに葉月、いずみは・・
10年後、20年後まで描いてまいります。

第二部は、第一部と異なっていくらか波乱に満ちた物語にしたいと思っています。
亜理紗は帰りの機内で乱気流で負傷、病院に入院、裕彦が駆けつけて病院寝泊りの必死の看護、
それでもついに亜理紗は車椅子の身になり、裕彦の足手まといになってはと、別れの手紙を書き、私が去っても葉月はとてもいい子なので彼女と幸せに
その時、亜理紗と裕彦にはじめて試練が
もし、あなたの恋人がこういう不運に立たされた時、どうしますか、そんな問いかけを物語で書いてみたいと思っています。

私の小説、シナリオには刑事とか警察は登場しません。そういう物語は書店で沢山求めることができるのでほかの作家さんにお任せしたいと思います。

なぜ毎日のように人は憎みあわなければならないのでしょうか。お互いが助け合い、いまだからこそ愛し合っていくことが幸せだと思うような物語が大切と思っています。
それに、年輩者でもあり、吉永小百合などの映画を見たのが青春時代で、和泉雅子、山口百恵を見た時代です。
テレビドラマも恋愛物でも、シリアスな刑事・犯罪・不倫物語もありますが、最近は純愛シリーズのドラマも復活してきています。

NTVの菅野美穂・玉置浩二主演「あいのうた」、警官役の片岡優二、彼は妻に3年前先立たれて、3人の小さな子供を抱えて毎日を送っていたが、彼も医師からがんに侵され、あと、半年の命と告げられているが、せめて限られた命を子供のために楽しい想い出を残してやりたいと明るく振舞っている。

そこへ突然、小さいときから母親の愛を知らずに不幸を一心に背負った松田洋子が成人して、東京を見た後,川に飛び込むが、死に切れず、優二と知り合い、記憶喪失症を装う洋子に皆が名前をつけてあげて、新しくあいちゃんといわれて、一緒の生活をしていく。

あいは、優二を次第に愛して行くものの、ピュアーで相手に自分の気持ちさえ伝えられないこんなひたむきな女性を描いたものも今もなお放送されています
私は強い女性よりも、弱くまた、男性も恋愛が不器用な人間としての弱さを持っている物語、ドラマが好きです。
だからこそ、定年間際のあと半年といわれた警官、片岡優二と20歳以上も年齢差のあるあいとの間が清楚な感じになるのです。好きだった好きとなぜ言わないのと何度も同じレストランに働く彼女に言われるのです。

「働きマン」の新二への不器用な松方弘子の恋愛、彼女は仕事を猛然とこなし、あらゆる問題を解決していく働きマンです。でも、一方ではいつも恋人新二に逢うときは、弱くてピュアーで見ていても聴視者が見て支えてあげたい気持ちがあるのです。仕事がスーパーマンで、恋愛も男まさりの女性、そういう女性は書いていても魅力がないでしょう。人間どちらかが強ければ、どちらかが弱いのです。松方弘子がとても不器用で思ったことさえ、誰かに言われる弱さ、それがあるからこそ仕事がすごい女性に見えて、また可愛くもあるのです。つまり、これが主人公の特徴です。
韓国ドラマペ・ヨンジュン・チェ・ジュウ主演「冬のソナタ」チェ・ジュウ。グオ・カンサン主演の極め付きの純粋さを描いた「天国の階段」
をはじめ映画「恋空」など、

私の書いたこの小説は昭和41年ごろの時代背景です、そんな時代は今は通用しないと思われる方もいるかも知れません。登場人物、ヒロインの話すことばは当初は今風の言葉で書きましたが編集部の方からも、その当時の時代背景の言葉を考えてくださいということで、若干修正しました。しかし純愛はいつの世にもあります。その時代の背景も踏まえて二人の純愛物語を書いてみました。




長編小説 | コメント:1 | トラックバック:0 |

テレビで学ぶ「韓国語」

テレビで学ぶ韓国語

韓国KBS放送が放映したドラマ「冬のソナタ」(主演ぺ・ヨンジュン、チェ・ジュウ)をNHKが放映したら平均視聴率が22%という高視聴率でたちまち韓流ブームが起きました。
特に40歳以降の中年女性に支えられていわゆるヨンさまブームが起きました。
これは最近の日本のドラマにものたりなさを感じていた純愛ドラマに魅力を持ったのだろうといわれています。

物語は春川の高校に転校して来たカンジュンサン(ペ・ヨンジュン)にチョン・ユジン(チェ・ジュウ)が恋をするのですがジュンサンが交通事故で亡くなり悲嘆にくれていたユジンが10年後ソウルでジュンサンそっくりのミニョンに逢うという話です。

私はユジンが初恋の人としてジュンサンと一緒に行動するのですが遅刻して担任の先生の目を避けて学校の塀を上るのを助け合ったり、島に行って自転車に乗ったり落ち葉の道を二人で歩いたり冬、初雪の日に二人が雪を投げ合ったりとそこには現代のようにケータイも喫茶店もレストランもなにもない自然を楽しむ素朴さと初恋が美しく皆自分の青春を思い出したのではないでしょうか。


僕は数年前、あるきっかけで韓国の人とお会いし、そのときの暖かな印象が韓国語を覚えようという動機につながりました。
昨年体調を壊し病院に入院して時間もあるのと韓流ブームの影響もあって韓国語を覚えようとと思いましたが、今、韓国語を覚えたいという人が多いようです。

病院で朝、看護師さんが「今朝は具合はどうですか?」と聞くので今朝は熱もなく本当にありがとう」「カノサシ、オヌルン・ナ・アン・アチム・チョンマル・コマオウヨ」看護師さん、今日は熱もなくて本当に調子がいいです。と言って看護師さんから「うまいわね」と言われました。

NETで度々「冬のソナタ」第一話を見てましたのでこれをノートに台詞を書いたらいつのまにか韓国語が想い出されるのです。それで「冬のソナタ」を素材にして韓国語を書いてみることにしました。

これで普段話せるわけではなくNHKの韓国語放送を聞いたりまた手元に韓国語教本(CD付き)を購入して文法やハングル文字を覚えることが大切です。
では最初のきっかけとしてどのようにして「冬のソナタ」第一話からとにかく韓国語を覚える最初の取りかかりについてお話しましょう。

なお、記事編集ではハングル文字も正確に出ますが投稿された段階では(・・・)としか表示されないので中断原因調査中です。

冬(キョウル)の朝の今日(オヌルン)오늘、春川の坂のある住宅の通りをユジンが駆け下りて来ます。サンヒョクが待っていてそこへバス(버스)が来ます。
ユジンがそれを見て「あっ、バスだ,バスだ、行こう」(야 바스다 바스 가자)「ヤ・ボスダ・ボス・カジャ」と言ってバスが来るとサンヒョクがユジンを詰め込んで遅刻常習犯のユジンに「先に行けよ、居眠りするな」「モンジョガ・チョルジマ」と注意します。

しかし座席に座り居眠りをして気がつくと見知らぬところを走っているので隣の見慣れない男子生徒と一緒に降ります。
ユジンは学生に「ここはドコなの、もう、起こしもしないでどういうこと」「ヨギガ・トデチェ・オデイエ?アンギョン・ムオハンゴエヨ」と文句を言います。学生は黙ってるので、「何年生?」「ミョンタンニエヨ?」、「二年生」「イハンニン」と答えます。

遅刻するのでタクシーを拾い引き返して学校の近くで二人は降ります。ユジンは気が急いていますが学生は立ち止まり壁に寄りかかりたばこを吸おうとするので「ちょっと、今何をしてるの?」「ヤ・ノチグム・ムオヘ」と言います。
高等学校「コドンハッキョ」の校門では先生「サムソンニン」ニックネームのゴリラ「カガメリ」が生徒を厳しくしかっています。

教室にソウルから転校してきた学生が入ってきますがさっきの学生でユジンは驚きます。先生が「今日、私たちのところに転校生が一人入ってくることになった」「オヌルン・ウリパネ・チョナクセンイ・ハンミョン・センギョッタ」と紹介されて名前を聞かれると学生は「カンジュンサンです」「カンジュンサン・イムニダ」と答えます。

女子学生の間でハンサムなカンジュンサンに関心が移り女子学生のオ・チェリンが「こんにちは、私、オ・チェリンよ、よろしく」「アンニョン・ナ・オチェリニア・パンガッタ」と挨拶しますが無視されます。

翌日再びバスで居眠りしているのをカンジュンさんにバスの外から窓をたたかれて目を覚ましてユジンもバスを降りますが遅刻であることには間違いありません。
ユジンが一計を案じてジュンさんのコートを引っ張って学校裏の塀を越えて中に入ろうと言います。

そこでユジンが「私が先に登ってから引っ張ってあげるね、早く伏せて」「ネガ・モンジョ・オルラゴソ・チャパジェルテニカ・パルリ」と言います。
じっとしているジュンサンに、ユジンが「相互扶助(お互いに助け合う)を知らないの?さあ早く、早くしてよ」「サンブサンジョ・モルラ・パルリ・パルリ」と急かせます。

ユジンのためにジュンサンは背を屈めて馬になって塀に登らせた後、ジュンサンは
手前の塀で勢い付けて塀に登り下に降りてしまいます。
塀から飛び降りれないユジンに手を差し伸べてユジンはジュンサンの腕に身体を抱かれるわけにも行かず「いいわよ、結構よ」「テッソ」と断ります。

ジュンサンはその答えを聞いて行ってしまおうとするのですが、ユジンもさすがに
困ってちょっと、ねえ、カンンジュンサン」「ヤッ・カンジュンサン」と手招きをして塀の上から降ろしてもらいます。

しかし、ユジンはジュンサンから抱かれるようにして降ろしてもらったのが恥ずかしくごまかすようにジュンサンに「今日、昼休みに放送しなければならないのをあなた知っているの?遅れないでね」「オヌル・チョシム・パンソン・ヘヤ・ハヌンゴ・アルジ?ヌッチ・マルゴワ」と言います。

とこのように物語を追いかけて短いせりふのところを覚えていくと韓国語も楽しく覚えられます。

なお、第一話で上で取り上げた以外の単語を若干載せます。

拍手「パクス」、ありがとう「コマオウヨ」ありがとうございました「カムサハムニダ」、野球「ヤグソン」、放送部「パンソンブ」、頭「モリ」、そこ「コギ」
学生「ハクセン」、父「アボジ」、日本「イルポン」、飛行機「ビヘンギ」
そう?「クレ」、母「オンマ」、韓国語「ハングルマル」、家族「カジョク」
好き「チョアヘヨ」、違う「アニャ」、音楽「ウマク」、初めて「チョウム」
影「クリム」、友達「チング」、はい「ネ」それで「クンデ」、数学「スハク」
高等学校生「コドゥンハクセン」、父「アボジ」、どうして「オットケ」、うるさい,「シックロ」、韓国語「ハングンマン」、家族「カジョク」、好き「チョアヘヨ」




長編小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。